第135話 神殿内部④

 錫杖から放たれた光が広い空間全体に広がる。

 禁呪のようにレベルが上がるわけではないが、メイベルの魔法によりエルキュールやジャスティン達だけでなく、王国軍の騎士や戦士たちも攻撃力と防御力が上昇した。


「こ、これが聖女様の力!?」

「こんなに能力が上がる補助魔法は聞いたこともない!」

「精神的な効果もあるようだ。どこか気分が高揚しているぞ」


 世界トップレベルの騎士や戦士でも、体験したことのない高レベル補助魔法に驚いている。


「メイベルちゃん、いいタイミングだ! みんな、増援はもうない! あと一息、耐えるんだ!!」

 エルキュールが戦場を見渡しながら声を上げた。


 たしかに神官の増援がなくなっているようだ。

 個々の戦いを見ると、もう劣勢の者は見当たらない。これなら心配ないだろう。


 それから少しすると、最初に攻撃をしてきた神官たちが戦闘不能に陥った。

 それをきっかけに、堰を切ったようにバタバタと神官たちが倒れだす。死んでいるのではなく、皆レベルが元に戻りHPが一桁まで減少しているだけのようだ。


 それぞれの戦いが少しずつ静かになってきた。


「なんとか犠牲も出さず耐えたようだの」

 シェミンガム国王がアルアダ国王の肩に手を置いた。


「はい、そのようですな。両国の精鋭を集めておりますので、当然と言えば当然ですが、やはりエルキュール様たちの活躍には目を見張るものがあります」


「たしかに。英雄エルキュール殿は別格としても、ハーフの少年二人も王国トップクラスと言っていいぐらいだ。それに聖女と呼ばれる金髪の少女、あるいは本物なのかもしれんの」


 2人の王が、新しい宝物でも見つけたかのように、三人の若者へ視線を向けている。


「ゲオっち! 嬉しそうだけど何かあった?」

 エルキュールが戦闘を終えて近づいて来た。


「あ、いえ、みんな無事で良かったと」

 仲間が褒められて、嬉しさが顔に出ていたようだ。

 と言っても、それが分かるのはエルキュールとメイベルぐらいなのだが。


「そう? そういう風には見えなかったけど。でもまあ、思ったよりてこずったけどね。傷つけずに防御に徹するとか、ジャスティンなんかは向いてないしさ」


「はは、ホントそうですね。あんな戸惑いながら戦ってるジャスティンは初めて見ました」


「おいおい、兄ちゃんたち! 何の話してんだ?」

 ジャスティンが何かを嗅ぎ付けたようにやってきた。


「そんなの不甲斐ないお前の話に決まっているだろう」

 一緒にやってきたマテウスが俺たちの代わりに答えた。


「マテウス! てめえだって似たようなもんだったじゃねえか!」


「ふん、素人のお前と一緒にするな」


「何だとコノヤロー!」


 補助魔法の効果が切れていないのか、若者二人は元気が有り余っている。


 よく見ると、他もだいぶ和やかな雰囲気になっている。一戦交えたことで緊張がほぐれたようだった。

 とくにアラン、ヴィンス、ディルクの三人は、戦闘前より和気あいあいとしている。


 三人にはきっと種族の違いなんてもう関係ない。そんな小さなこだわりなんて全て消え、大きな信頼関係に包まれているに違いなかった。

 若い戦士二人と魔族ディルクを引き合わせることができて、本当に良かったとあの光景が俺に思わせる。



 それから俺たちは、仕掛けてきた神官たちを全員拘束してから、改めて神殿内部を進んだ。

 最初の広い空間の反対側まで来ると、通路が続いている。


 そのまま奥へ行くと、段々と下へ降る構造になっているようだ。

 外から見える大きな建造物はほとんど飾りで、神殿としての本体は地下に広がっているのかもしれない。


 最初に決めた通り俺たちを先頭に、慎重に警戒しながらゆっくり進むが、それ以降ソルズ教の神官と遭遇しても、襲ってくるようなことはなかった。

 どちらかというと、俺たちの姿を見て驚いている様子で、禁呪を使う神官たちと違い何も知らないただの信者なのかもしれない。中には王に気づき深く頭を下げる者もいる。


「ソルズ教の考え方は偏っていると思うけど、全員が悪いわけじゃないんだろうね」

 エルキュールが歩きながら呟いた。


「そうですね。ソルズ教というだけで、頭ごなしに否定するのは間違っていると俺も思います」


 エルキュールは一瞬こちらに視線を向け、言葉を続けた。

「魔族ってだけで一方的に嫌ってた、昔の自分を思い出すよ。あの頃は魔族と聞いただけで色々なものが見えなくなっていたからね」


 俺と初めて会った頃のことを言っているのだろう。

 親を魔族に殺されているのだ。そうなるのも仕方ない。


 そう言ってやりたかったが、俺は喉の奥で言葉を飲み込んだ。

 きっと思い出したくもない過去だろうし、誰かに言われるまでもないはずなのだから。


「ゲオ、エル。話はそこまでだ。全員が悪い奴じゃなくても、悪い奴もいるからな」

 通路を抜け開けた場所に出ると、メイベルが立ち止まった。


 神殿の入口ほどでもないが、ここも大きな空間になっている。

 中は薄っすら赤い光に包まれていて、とても神聖な雰囲気ではない。


 そして、広間には見覚えのあるローブを着た集団が、その中心には探し求めていた男がいた。


「エイブラムゥゥゥッ!!!」

 騎士オリヴァーの声が神殿内に響き渡った。

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