第134話 神殿内部③

「チッ、数が多すぎる! ヴィンス、大丈夫か!?」


「もちろんだよ、アラン! でもこのままじゃ……」


 いつの間にかアランとヴィンスも混戦の中に巻き込まれていた。

 ジャスティンとマテウスとは引き離され、二人は神官たちに囲まれている。


 アラン達はまだ若いが、それでもアルアダ王国正規軍の戦士。それなりに訓練を積んできているし、防御力の高いラージシールドを持った重装備。

 簡単に死ぬようなことはなく、すぐにでも救援する必要はないが、苦戦しているのは確かだった。


 ガチン、ガチンと、アランとヴィンスの盾が攻撃を防ぐ音を何度も鳴らす。

 神官たちの攻撃は速く強力だが、無造作に振り下ろされているだけなので、二人はしっかり防御し受け止めている。

 それでも四方八方から五月雨のごとく来る攻撃に、彼らはその場から動くことができないようだった。


「クッソ! いつになったら戦闘不能になるんだ!? 数が増える一方だし、このままじゃやべえぜ!!」


「一旦退くことも出来ないし、どうしようアラン…………あっ!?」

 ヴィンスが態勢を崩し、ラージシールドを落とした。


「ヴィンスゥゥーーッ!!?」


 アランは相棒の危機でも防戦がやっとで動くことができない。

 数人の神官が同時にヴィンスへ攻撃を仕掛けた。


「ちきしょぉー!」


 ヴィンスが諦めのような声を上げると同時に、攻撃をしてきた神官たちが吹き飛んだ。


「なっ、何が起きた!?」


 残った神官たちも攻撃の手を止めた。

 すると黒い影が空中から舞い降り、ヴィンスの前に立ち塞がった。


「ディ、ディルク殿!?」


「お二方、ご無事でございましょうか。禁呪の効果が切れるのももうすぐです。あとひと踏ん張りとまいりましょう」

 魔族のディルクが、ヴィンスを救ったのだった。


「ま、魔族だって!?」

「なぜ魔族がこんなとこに!?」

「魔族が神聖なる神殿に入るなんて許せん!!」


 神官たちはディルクが魔族だと気づくと、一斉に反応をしだした。

 それもそのはず、ソルズ教は人間以外の種族を認めない宗教。とくに魔族は忌み嫌う種族のため、彼らの目にはもうアランとヴィンスなんて映ってもいないようだ。


「醜い魔族が何の用だ!」

「呪われた種族め! 生きて帰れると思うな!」

「殺せ殺せ殺せぇ!!」


 殺意剥きだしでディルクへ罵声を浴びせる。

 とても聖職者とは思えない言動だ。


「あなた方に何かした覚えはございませんが、これはまた随分嫌われたものでございますな」


「汚らわしい魔族が口をきくなぁ! 神聖な神殿にいることだけでも汚らわしいのに、人間様に口をきくなんて何事かぁ!!」

 神官の一人が、汚物を見るような目でディルクを見て暴言を吐く。


「ふむ。我ら魔族にこれほどまで拒絶反応をなさるとは、人間にも多様な方々がいるようでございますな」

 ディルクは意にも介さず、冷静に言った。


「汚らわしい汚らわしい汚らわしい! 魔族のゴミはソルズ教が浄化してやる、浄化してやる、浄化してやる!!」

 反対に神官はヒートアップしている。


 中身が人間の俺が言うのも変だが、あれを見ていると魔族が正義で、人間が悪役にしか見えなかった。

 何だか昔テレビで観た警察の密着取材で映っていた、必死で警官に絡んでいるチンピラを思い出させる。


 宗教家がすべてそういうわけではないだろうが、ソルズ教の神官には寛容さが足りないようだ。

 しかし、その場で感情が高ぶっているのは神官たちだけではなさそうだった。


「汚らわしいのは、お前らだろうがぁぁーーーっ!!」

 アランがラージシールドを床に叩きつけた。


「ディルクさんはなあ! 人間に村を襲われ、人間に息子を殺されたのに、人間である俺たちみたいなガキ相手でも紳士として対等に相手をしてくれるんだ! 一番悲しいはずのディルクさんが、恨み一つ言わず、人間の俺たちに優しく接してくれる、その凄さが分かるかぁぁーーーっ!!」


「アラン殿……」


「そうだ……そうだ……その通りだ!!」

 ヴィンスが剣を両手で構え態勢を立て直した。


「ディルク殿は……ディルク殿は……人間を傷つけたことなんてない優しい魔族なんだ! 戦いを好まず、自然と共に生きてきた、心の澄んだ魔族なんだ! 人間のお前たちの方がよっぽど汚らわしいんだよ!!」


「ヴィンス殿……」

 ディルクが父親のような優しい表情を浮かべた。


 2人が言うように、魔族ディルクは汚らわしいとはもっとも正反対な位置にいる紳士だ。魔族というだけで相手を決めつける偏見の塊りのような神官より、遥かに尊敬できる人格者だ。

 それを人間の若者が理解し、彼のために憤っている光景に、俺は胸が熱くなる思いがした。


「あいつらも少し大人になったようだな」

 メイベルも彼らの様子を見ていたようなのだが、幼女の姿にそう言われると、何とも言えない不思議な感覚だった。


「人間と魔族が分かり合うって、何だか嬉しいですね」


「ふん、アタシには関係ないことだが、まあ否定はしないぜ」

 メイベルも少し嬉しそうだ。


「ディルクさんのレベルは高いので、あの辺はこれで安心ですが、ちょっと相手の数が多くジャスティン達と王国軍が苦戦しているようです。メイベルでどうにかできますか?」


「そうだな、アタシがいて怪我人を出すのは気に入らねえし、少し手伝ってやるか」

 メイベルは錫杖を高く掲げ、魔法を唱えた。


「ディバインブレッシング」

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