第130話 聖地ソルズレイン④

「仕方ない、使うぞ!」

 神官の一人がそう言って、聞き取れない言葉をブツブツと呟きだした。

 すると他の神官たちも、それにならって呟きだす。


 この距離でも禁呪を使う時の嫌な違和感が伝わり、隣のメイベルもすぐに反応している。

 神官たちの異様さに、アランとヴィンスも先ほどまでとは状況が変わっていることに気づきだしたようだ。


「ヴィ、ヴィンス……。これって……まさか……」


「な、何言ってるんだよ……そんなわけ……」


 俺にはこの距離でも二人の引きつった表情が見える

 神官たちのステータスを確認すると、やはりレベルがみるみる上昇している。


「待て、ゲオ! 少し違うみたいだ!」

 メイベルが目をつむって、何かを感じ取るような動きをみせた。


 俺は神官たちのステータスをもう一度見ると、レベル上昇が40前後で止まったことを確認した。

 あの禁呪とは違うようだ。


「ゲオっち! こうなったら行くしかないよ!」

 エルキュールは手招きをすると、馬車へ駆け出した。


 たしかにその通りだ。一瞬でレベルが100上昇した、あの禁呪ではなさそうだが、二人が危機なのは変わりない。


「兄ちゃんの言う通りだ! みんな行こうぜ!!」

 ジャスティンも走り出すと、ハーフ竜族のマテウス、魔族のディルクもすぐに続いた。


「ゲオ。あれなら二人がすぐに死ぬことはないから大丈夫だ。致命傷の攻撃を一度だけ防ぐ魔法も掛けておいたからな。ほら、アタシらも行くぞ」

 メイベルも馬車へ向かって走り出す。


 さすがメイベル。彼女がメンバーにいるだけで安心感が違う。

 最後になってしまったが、俺も馬車へ乗り込んだ。



 エルキュールは限界まで馬を酷使し馬車を走らせた。

 二頭の馬も彼に応えるように必死で走る。


 まるで動物虐待のようなシーンだが、横でメイベルが回復魔法を使っているので、当の馬たちは元気よく駆けている。

 こういう魔法の使い方もあるのかと感心してしまった。


 街に入ると、尋常ではない速度の馬車に人々は何事かと視線を向けてきた。

 さらに乗っている俺たちには人間がいない。


 人間以外の種族に寛容ではないソルズ教の信者たちだ。異様な光景に感じているだろう。

 そんな街の中央を突っ切り、俺たちは神殿前を目指した。


「あいつら無事のようだ!!」

 ジャスティンが馬車から乗り出し、前方を指差した。


 視線を向けると、座り込んではいるが、たしかにアランとヴィンスの無事な姿を見つけることができた。

 神官たちは全員地面に倒れているようだ。


 エルキュールは二人のすぐ横に馬車をつけた。

「アラン君! ヴィンス君! 無事かい!?」


 「エルキュール様!? もちろん平気っす! な、ヴィンス!」

 「あ、はい……。途中、死んだと思ったんですが、何故か体力が全快したので。皆さんはどうしてここへ?」

 2人ともゆっくり立ち上がった。


「二人が襲われるところを、ゲオっちが見てたからね」


「ゲオさんが?」

 アランとヴィンスは声を揃えると、不思議そうな表情で俺を見た。


「そ、それより神官たちはアラン君たちが倒したんですか?」

 俺は倒れている神官たちを見た。


「いや、俺たちが倒したわけじゃないっす。こいつら大したことなかったんすけど、突然強くなったと思ったら、少しして勝手に倒れていきました」


 やっぱりあの禁呪だったのか?

 神官たちのステータスを確認すると、全員HPが一桁しか残っていないが死んではいないようだ。


「正直、聞いていた禁呪かと思ったのですが、僕らを倒せなかったぐらいですので違ったみたいです」

「そんなことはない。あれは間違いなく禁呪だ」

 ヴィンスの言葉を遮るように、メイベルが前に出てきた。


「メ、メイベルさん?」


「前に見た禁呪ほど強力じゃないけど、あの感じは禁呪だったぜ。ゲオもそう思うだろ?」


「はい、俺も禁呪だと思います。前のやつほど大幅なレベルアップがない代わりに、使用しても命を代償としないのかもしれません」

 俺はメイベルに答えた。


「ゲオっち。そうすると彼らは同じ人間相手に禁呪を使ったってことだね?」


「はい、エルキュールさん。そうなります……」


 ソルズ教の神官たちがアランとヴィンスを襲った理由は分からないが、魔族以外にも平気で禁呪を使うようであれば、かなり憂慮が必要な状況だ。

 しかも彼らは宮廷魔導士ではなく神官。これでエイブラムとソルズ教が関連しているのは確信に変わった。


「ゲオのおっさん。母ちゃんはこの神殿に入ったんだろ?」

 ジャスティンが眼前の神殿を見上げて言った。


「そうですね。神官たちに案内されて入っていくが見えました」


「そっか……、なら俺は行くぜ。ここまで来て待つのは時間の無駄だ。ソルズ教は潰しちまおう」


 ジャスティンの表情から少し不安が読み取れるのは、母であるマリーを心配しているのかもしれない。

 いくら勇者であっても、ソルズ教がどんな禁呪を使うか分からない。それが彼の不安を掻き立てているのだろう。


「ジャスティン、慌てなくても準備は整ったようだよ」

 エルキュールがジャスティンの肩に手を置き、街の入口方面を指した。


 シェミンガム王国、アルアダ王国。両王国軍が到着したようだった。

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