第128話 聖地ソルズレイン②

 強く意識さえすれば、遠く離れた場所を見ることも聞くこともできる俺は、マリーたち三人が潜入する間、ソルズレインが一番良く見える位置から彼女たちを追いかけることにした。


 まず三人は他の信者たちと同じようにローブのフードを深くかぶり、ソルズレインの入口に近づいていった。

 入るための検問のような場所は見当たらず、誰からも声をかけられることなくそのまま入れるようだ。


 ここから見える人々の暮らしは、質素だが活気があり貧困という感じではない。

 ソルズ教がどんな宗教であろうと、それを心から信仰している人々は心豊かなのだろう。


 普通の町と変わらない、いやむしろそれ以上に笑顔が溢れている。

 ソルズ教の行った悪行を許すつもりはないが、信仰そのものを否定してはいけないのかもしれない。


 三人は町を少し散策すると、マリーが通りすがりの老婆に声をかけた。

「来たのは初めてなのですが、ここは聖地ソルズレインで間違いないでしょうか?」


「おやおや、聖地は初めてかい。ええ、ここは聖地ソルズレインですよ。十年前に教祖様がお亡くなりになり、大主教様のお力添えでここへ移り、ここまで築き上げた救いの場所さ」


「教祖様が亡くなった!?」


「おや、ご存知ないかい。どうやら新人さんのようだね。我らが教祖様は十年前に旧聖地にてお亡くなりになって、今は静かに眠っているよ。その後を継いだ大主教様が、教祖様の眠りを妨げないよう聖地をここへ移動させたのさ」


「そうだったのですね。たった十年でこれほど発展するなんて凄いですわ」


「そうでしょう、そうでしょう。まさに大主教様と我らの信仰の賜物。あなた方もここで幸福に暮らすことをお勧めするよ」


「ありがとうございます。ぜひ検討してみますわ。ところで大主教様はあちらにいらっしゃるのですか?」

 マリーは遠くに見える建造物を指した。


「ええ、もちろん神殿にいらっしゃる。ただ、一般信者が神殿に入れるのは決められた日だけなので、明日までは入れないはず」


「そうでしたか。色々教えてくださってありがとうございました。明日にでも尋ねてみますわ」

 マリーは老婆へ深く頭を下げた。


 うまく情報を引き出してくれた。

 まさか教祖ってのがとっくに亡くなっていたとは。


 そうなると『赤蜘蛛』に依頼をしたのは教祖ではなくなるが、大主教とやらの間違いかもしれない。

 エイブラムのことも気になるし、もう少し様子を見る必要がありそうだ。


 それからマリー達は町の中で聞き込みを続けてくれたが、ほとんどが先ほどの老婆の話と同じようなもので、エイブラムに関する情報はとくに得られなかった。

 『赤蜘蛛』に関わっていたという話もなく、一般信者からはこれ以上出てくるものはなさそうだ。


 ここはもっと教団に直接関係する者から聞き出さなければならない。

 明日になれば神殿が一般解放されるようだが、その前に王たちが到着し大主教に面会を求めれば、さすがに断ることはできないだろう。

 まずは教団の代表から聞き出すのが近道になるはずだ。



「おい、お前ら! 聖地で何を聞きまわっている!」

 マリーたちが、揃ったローブを着ている者たちに囲まれた。


「突然なんでしょうか? 私たちは初めて聖地を訪れた一般信者です。あなた方はどなたでしょうか?」

 マリーは怯むことなく落ち着いて返した。


「我々はソルズ教の神官だ! 一般信者から妙なことを聞き回っている不審者いると通報があった! お前らは何者だ!!」


「そうかい。さすがに手あたり次第だったかね。あんたらが神官だってのなら丁度いい。大主教に会わせてもらおうか」

 マリーはフードをとって顔を出した。


「大主教様にだと? ふざけるな! 素性の分からない者をお目通しするわけがないだろう!!」


「まあ、普通はそうだろうね。私は勇者のマリー。それなりに知名度はあるから、素性は分かってもらえると思うけど」


「ゆ、勇者マリーだって!?」

 想定外の名乗りで動揺を見せる。


 神官たちは慌てた様子で顔を見合わせながら何事か確認し合うと、少し間をおいてから恐る恐る言葉を続けた。


「そ、その勇者マリー様が、こんな辺境までどのようなご用件で?」


「勇者としてちょっとした調査を依頼されることがあってね。その中でこの聖地ソルズレインまで辿り着いたのさ」


「勇者様がそのようなことをされているとは存じ上げませんでした……。それで、その調査とはどのような内容でしょうか?」


「詳しくは言えないけど、人を捜していてね」


「そうでしたか。――――人間の英雄である勇者様でしたらお話は違います。大主教様もお会いになると思いますので、神殿へご案内いたします。どうぞこちらへ。あ、お連れのお方は、申し訳ございませんがご遠慮いただきます」

 神官は付いて来ようとしたアランとヴィンスを制した。


「マ、マリー様……」


「仕方ない、ここは私に任せて、あんたらはここで待ってな」


「はい、承知しました……」

 ヴィンスはマリーに言われると、そう返事をした。


「じゃあ、大主教の元へ案内してもらおうか」


「ではご案内いたします」


 マリーと神官たちは、神殿へ向かって歩き出した。

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