第127話 聖地ソルズレイン①

「母ちゃん! あのデケエのが聖地ってやつか!?」


 馬車で国境を越えて二日後、森を進むと突然大きな建造物が視界に現れた。

 ピラミッドのように岩石を積み上げたもので、頂上は切り取られたように平らになっていた。


 岩石一つ一つには、何かしらの様式で模様が彫られており、宗教的な意味を持つ建造物なのは誰にでも感じ取れるだろう。

 まだかなりの距離があるはずだが、その巨大さにジャスティンが無邪気に声を上げている。


 こんな森に岩石を運び、あれほどのものを築くとは、この世界の建築技術もなかなか高いようだ。


「私も訪れるのは初めてだけど、あんなもの作っているなんて、一般に知られているよりソルズ教は古いのかもしれないわね。エルキュール殿は知っていましたか?」

 マリーは馬車を操るエルキュールの背中に声をかけた。


「いや、ボクはハーフエルフだからね。ソルズ教とはまったく縁がなかったよ。ただ、あんなものが最近作られたとは思えないけどね」


「そうですね。関係ない遺跡を聖地に利用するとは思えないから、あれはソルズ教が造ったってことだと思うのだけど」


 マリーが遺跡という表現を使ったのは、あれが建築されてからかなりの年月が経っているのが、この距離でも明らかだったからだ。

 ただの素人の俺が見ても、数百年は経過しているように見える。


「思ったより厄介な教団かもしれないわね……」


「なんだよ母ちゃん! 勇者のくせにビビったのか!?」


「なに言ってんのさ! この私がビビるわけないだろう!」

 マリーは癖のようにジャスティンの頭を撫でようとする。


「ならいいけどよ! ま、何が出てこようと、俺がいるから大丈夫だけどな!」


「笑わせるんじゃないよ! あんたなんて私から見れば、まだまだひよっこさ!!」

 マリーはいつもより強めに、ジャスティンの紅い髪をわしゃわしゃとかき回した。


「そりゃないだろ、母ちゃん! さすがに母ちゃんには勝てねえけど、俺だってそれなりに強くなったんだぜ!」


 ジャスティンが母親に抵抗する姿が微笑ましく、馬車の中は笑いに包まれた。

 まったく意識せずだとは思うが、一瞬重くなった空気をジャスティンがなごませた。


「お二人は本当に良い親子ですな」

 ふと小声で声をかけられた。


「ディルクさん? はい、俺もそう思います。仲の良い二人を見ていると、とても気持ち良くなりますね」


「ほほ、ゲオ殿もそうお思いですか。どうせなら親子三人揃うところを、見てみたいものですな」


 ああ、その通りだ。ずっとバラバラで過ごしてきた家族三人、いつか揃ってほしいと俺も思う。

 俺は、見守るような優しい眼を二人に向けるディルクに、相槌を打った。




 それからさらに近づき、聖地ソルズレインを見渡せる丘のような場所に馬車を一度止めた。


「あれはもう町と言ってもいいくらいだね」

 エルキュールがそう言うと、俺たちも馬車を降りソルズレインに目を向けた。


 そこは住居のようなたくさんの建物があり、行き交う人々が目に入る。

 聖地なんて寺や神社のようなものを想像していたが、どう見ても人々が暮らしている町にしか見えない。


 都市とまではいかないが、お店のようなものもいくつも見える。

 信仰熱心な信者が聖地へ移り住んできたのだろうか。


 聖地らしいといえば、町の最も奥に遠くから見えた巨大な建造物があるところぐらいだ。

 ここまで近づいて初めて分かったが、それは中に入れるようになっていて、入口の両側に大きな石像があるところが、神殿っぽさを表現している。


「思ったより人の出入りが激しいし、ボクらはこの辺までにしておいた方がいいかも」

 エルキュールは言いながら勇者マリーを見た。


「ええ、エルキュール殿。あとは人間の私に任せてもらうわ。あれだけ往来している人がいるなら、難なくソルズレインへ潜入できるでしょうし」


「そうだね。マリーなら何があっても大丈夫だろうけど、できれば王たちが到着するまでは問題を起こさずにいたいし、ボクらは大人しくしているから頼むよ」


「マリー様! 僕たちもご一緒します!」

 声を上げたのは、アルアダ王国の若い騎士ヴィンスだった。


「二人ともかい?」


「はい! 僕もアランも鎧を脱げば平凡な人間に見えるでしょうし、ぜひお願いします!」

「ヴィンスの言うとおりっす! せっかく同行させてもらってるんで、俺たち少しでも役に立ちたいんです!!」


「そう、そういうことなら一緒に行こうかね」


 素直で一所懸命な二人の若者には好感が持てる。初めて会った頃はもう少しねてた気もするが、彼らも成長しているのだろう。

 結局、マリー、アラン、ヴィンスが聖地ソルズレインへ潜入することになった。

 見た目だけで言うとメイベルも人間なのだが、容姿が目立ち過ぎるということで除外された。


「母ちゃん! さっき兄ちゃんが言ってたけど、王様たちが到着するまで問題を起こさないようにな!」


「分かっているわ。あんたに言われるとはね……」

 マリーは苦笑いで答える。


「ま、マリーなら心配ないけど、何かあったらすぐ戻ってくるようにね。特に君たち二人は無理をしないように」

 エルキュールがアランとヴィンスを指差す。


「もちろんっす! 皆さんの足を引っ張らないよう頑張るので!」

「僕らに任せておいてください! きっと成果をお見せします!!」

 二人は腹から声を出した。


 本当に分かっているんだろうか。なんだか力み過ぎのように見えるが。


「こいつらは心配だけど、何かあればアタシらが気づくから大丈夫だ。な、ゲオ?」

 メイベルは俺に視線を向けた後、アラン達に近づいて何かの魔法をかけた。


「へえー、そうなのかい。便利なもんだねえ」

 マリーも俺に視線を向ける。


「あ、いや、はい。たぶん気づけると思います」

 メイベルがどういうつもりで言ったのか分からなかったが、ここは見晴らしが良いので、俺は二人を目でも耳でも追跡できるだろうと、そう返事をした。


「ゲオっちとメイベルちゃんが言うなら大丈夫みたいだね。じゃ、あとはマリーに任せるよ」


「ええ、じゃあ行ってくるわ」

「行ってくるっす!」

「行ってきます!」

 マリーに続いてアラン、ヴィンスも声を出すと、三人で丘をくだっていった。

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