第126話 ジャスティンと母
「こうやってあんたと家族旅行が出来るとはねえ」
「何言ってんだ母ちゃん! 遊びに行くわけじゃねえんだぜ!?」
馬車の中、ジャスティンは隣に座るマリーの手を振りはらいながら言い返す。
「勿論だともさ。でもあんたが旅に出ると言って家を飛び出してから、こんなゆっくり話すのは十歳のとき以来だから」
「十歳で家を出たんですか!?」
アランとヴィンスが思わず声を出した。
そりゃ驚きもするだろう。
普通の人間は十歳で旅立ったりしない。俺なんて前の世界では一人暮らしの経験もないし。
「マリー様! ジャスティンさんってどんな子供だったんすか!?」
「おい、アラン! お前、なにつまんねえこと聞いてんだ!!」
ジャスティンは遠慮ないアランの質問を嫌がるが、マリーは「せっかくだから」と言って、優しくジャスティンの過去を話してくれた。
「見ればわかる通り、羽や尻尾はないけど見た目は魔族だからね。赤ん坊の頃、村の人たちはこの子に近づくのをためらっているのが手に取るように分かったわ。でもこの子はそんなことを一切気にせず、とても人懐っこくて、私の心配なんてなかったみたいに気づいたら村中の人気者になっていたの」
「おお、さすがジャスティンさんっす!」
「もちろん勇者の子供っていうのもあったと思うけど、村の人たちはハーフ魔族であるこの子を平等に受け入れてくれた。この子がまっすぐに育ったのも、村の人たちがあってこそだと思っているわ」
「へぇー、とても良い村みたいっすね!」
「ええ。おかげで十歳ぐらいまで平穏に暮らせていたんだけど、その頃から魔族が住みついていると近隣で噂になってね。興味本位でこの子を見に他の村や町から人が訪れるようになったの」
「なんすかそれ! ジャスティンさんは見世物じゃないですよ!」
「そうね。でも子供ながらに居づらさを感じていたのか、村に迷惑かけていると思って出ていくと言い出したのよ。村の人たちは気にしなくていいって言っていたんだけどね」
「マジですか!? どう考えてもジャスティンさんが悪いわけじゃないっすよ! でも村に迷惑かかるから出ていくって、十歳で考えることじゃないっすね! 益々、尊敬しちゃいますぜ!」
「べ、別にそういうわけじゃねえよ。ただ世界を見て回りたいって思っただけだしさ」
「まったくこの子ったら。こうやって周りの人たちのことは気にかけるくせに、自分の母親の事はほったらかしさ。二十年間も連絡よこさないんだからねえ」
「母ちゃんは勇者なんだし、俺なんていなくてもどうってことねえだろ!?」
「ホント、親の心子知らずね……」
「と、ところでさ、魔王のおっさんってどんな奴なんだ?」
形勢の悪さに堪えかねてか、ジャスティンは話題を変えた。
「魔王アデルベルトのことね。そうね……まあ……、勇者の私が言うのも何だけど、あんなのでも思慮深いところがあって、いつも魔族たちのことを考えているようだったわ。私も魔族がどんなものかちゃんと理解していたわけじゃないけど、私には国民を想う人間の王と何ら変わりないように見えたの。私利私欲のために人間の生活を脅かす悪の王、そう勝手なイメージでいた私は戸惑うばかりだったわ」
「ふ~ん、仲間想いなんだな」
「ふふ、そうね。だから到底憎める相手ではなかったし、私は戦うことではなく対話することを選んだわ」
「へ~、それで仲良くなったんだな」
「ま、そういうことね。人間と同等、いえ、それ以上に情の厚い男だって分かったから。だから当然、息子のこともしっかり思っているはずよ」
「そ……そうか……」
ジャスティンは、マリーの手を振りはらうのも忘れて、魔王アデルベルトとの出会いを思い返しているようだ。
それにしても勇者マリーは魔王アデルベルトのことを強く信頼しているようだ。別居中の旦那か、遠い昔に別れた元カレみたいなものだろうか。
人生経験の浅い俺なんかじゃ、とても推し量れない心情だ。
「はい、この話はここまで! 私の話はいいから、あんたの話をしてごらん。この二十年、何をしていたのかさ」
「え? 俺の話? いいよ俺のは……」
「いいよじゃないわ。ほら、母ちゃんに話してごらん!」
マリーは勇者ではなく母親の表情になっている。
「わ、分かったよ。別に面白い話なんてねえぜ」
ジャスティンは観念した顔で、この二十年の旅話を語りだしてくれた。
彼は何も着飾らず淡々と話すだけだが、それがたくさんの人たちと出会い親交を深めていく物語で、ジャスティンが強い正義感と大きな優しさを兼ね備えた人物だということがはっきりと伝わってきた。
その場で聞いていた誰しもが思ったであろう。彼は間違いなく勇者と魔王の子。この世界で唯一無二の尊い存在であることを。
ただ、十年もの間ソルズ教の収容所に捕まっていた話を省略したのは、母親を気遣ってのことだろうか。
何だかんだ言っても母親への想いはあるのだろう。
そんなジャスティンを、俺は自分の息子を想うように可愛いと思ってしまった。
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