第118話 あの戦い
彼にとってとても辛いはずだが、ディルクはあの時のことを語ってくれた。
ここにあったのは何でもないごく普通の農村。
人間と争ったこともなく、魔王軍に所属する兵士なんて一人もいない、穏やかに暮らす魔族だけが住んでいた。
そんな中、突然たくさんの人間が攻め込んできたため、魔物使いであるディルクが魔物を使役し、人間を追い返すよう試みた。
しかし人間の軍隊は魔物たちをあっさりと全滅させ、まるで村の位置を知っているかのように、まっすぐと進軍してきた。
慌てた村の魔族たちは、女子供など戦えない者を逃がし、戦闘経験はないが中級である魔族が武器を持ち、それを迎え撃ったのだった。
「そうだったのか……」
「申し訳ない……」
魔物の全滅に一役買ったジャスティンとマテウスが、言葉に詰まった。
「こちらこそ大変申し訳ないことをいたしました。ジャスティン殿たちを魔物で襲う結果となってしまい」
何一つ悪くないディルクが謝罪を述べた。
言葉だけ見れば皮肉にも聞こえるが、彼にそんなつもりはまったくなく、魔族であろうと分け隔てない態度をとるジャスティン達に対して、本気で申し訳ないと思っているのだ。
それが俺たちには分かっていたので、余計に心が痛んだ。
「ボクらは何も知らず、危険な魔族が集まっているもんだと勘違いして、のこのことこんなところまで来たってことだね。これほど愚かなことに加担するなんて情けないよ」
「ハーフエルフのエルキュール殿、何度でも申しますが、皆さまは悪くもなく恨んでもおりません」
エルキュールの言葉を、ディルクはすぐに否定した。
この中で一番の犠牲者であるディルクは、とても寛容で全てを理解しているようだった。
それがありがたくもあり、苦しくもあった。
「じいさんが村長だったってことは、家族も一緒に住んでたのか?」
皆が聞きづらいと思っていたことを、ジャスティンが迷いもなく尋ねた。
「たしかに村長である私はこの村の出身ですが、妻はだいぶ前に亡くし、息子はすでに出ていますので、今は独りで住んでおりました」
「そっか。じゃあ家族は犠牲にならなかったんだな」
ジャスティンは安堵の表情を浮かべたが、ディルクは寂しげな表情を見せ、
「我々の村を含め、この辺一帯は魔王候補ローデヴェイク様の領地になっております。そして、その統治を最上級魔族のバルトルトが任されておりました。そのバルトルトは――――私の息子です」
「なんだって!?」
ジャスティンは声を上げた。
最上級魔族バルトルト。
彼を見たのは短い時間だったが、村が人間に襲われ、その残虐行為のため怒りに身を震わせていた姿を覚えている。
今思えば、それは誠実で正義感の強さから来るものだったんじゃないかと感じる。
そしてそれが、紳士な魔族ディルクの息子と思えば、より合点がいく。
皆、言葉が出ない。
親より先に子が亡くなる苦しみが、計り知れないほど大きいことぐらい誰もが理解していた。
あの戦いは間違っていたと頭では分かっていたが、ディルクの話を聞いてそれはまったく実感が足りていなかったのだと痛感させられる。
魔王がディルクを同行させなかったら、彼と出会うことがなかったら、俺たちは最後まで分かったつもりのままでいただろう。
そう、皆がきっと同じ気持ちになっていたため、張りつめた重たい空気がその場に流れた。
「ディルクのじいさん……そいつは……マジで……辛い思いをしたんだな」
誰もが身動き一つできない中、ジャスティンはディルクに歩み寄り、老齢の魔族を抱きしめながら涙した。
感情を素直に行動で表し、他人のために泣くジャスティンを見て、俺まで目頭が熱くなった。
「ジャスティン殿、ありがとうございます」
ディルクは少し微笑んで、ジャスティンの背中を優しく叩いた。
自分たちのために涙を流す赤髪の少年に、言葉以上の感謝をしているのだと伝わってきた。
それから俺たちは馬車に戻り、再び『赤蜘蛛』の本拠地を目指していた。
ディルクの話を聞いているかぎり、やはり魔族側はアルアダ王国第三王子の襲撃について何も知らない。
完全に無関係な魔族を巻き込んでしまったのだ。
襲撃の理由が、本当に人間と魔族を争わせるためだったのか分からないが、『赤蜘蛛』にもその依頼主にも、沸々と全員の怒りが強まっていった。
口には出さないが、王国戦士のアランとヴィンスも、俺たちと同じ思いになっているように見えた。
犠牲を無駄にしないためにも、何としてでも真相を突き止める必要がある。
ただ戦って倒せばいいというわけではない。
目的地に近づくにつれ、戦いでは何の役にも立たない俺でも、緊張感が高まっていくのを感じていた。
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