第117話 犠牲の地

 俺たちは森を抜け、魔族と戦った場所まで足を踏み入れた。

 人間も魔族も遺体は残っていなかったが、あれからそれほど時間も経っていないのでそれ以外の戦いの跡はそのままだった。


「たくさんの命が……ここで終わったんだな」

 ジャスティンが誰へでもなく呟いた。


 俺たちは戦いを止めにここへ来た。

 少しでも犠牲者を出さないために参戦した。

 しかし結果は、人間にも魔族にも多数の犠牲者を出し、敗北したのだ。


 そんな苦い場所を、一つずつ思い出すようにゆっくりと歩くと、あの時の血の匂いが脳裏に浮かぶ。

 誰も語らず、ジャスティンを先頭に静かに歩き回ると、生い茂った葉の音だけが風に運ばれてきていた。


 元々は穏やかでとても暮らしやすい場所だったのだと、全員か感じているはずだ。

 しかし今は、大きな災害が猛威を振るった後のように、生命を感じさせない静けさだった。


「ジャスティン、そろそろ行きましょうか」

 一通り戦場跡を歩き終わると、俺は沈黙を破った。


「なあ、メイベル。お前って神官なんだよな?」

 ジャスティンは俺の言葉に歩みを止めたが、俺のそばを歩くメイベルに声を掛けた。


「ああ、まあ、そういうことで良いと思うぜ」


 メイベルはアリシアが誕生させた魔法生命体だ。

 そのためどこかの教団に所属しているわけではないが、回復系を得意とした魔法使いなのだから、彼女の言う通りなのだろう。


「そうか。じゃあ、ここで亡くなった人たちのために祈ってくれねえか? 神官が祈ることで、死者の魂が救われるんだろ?」


「祈る? 別にいいけどよ、ここで死んだ人間のために祈ればいいのか?」


「いや、人間だけじゃなく、魔族もだ」


「分かった……そういうことなら任せな」

 メイベルは持っていた錫杖を俺に渡すと、戦場の中心付近まで進んだ。


 そして片膝をつき両手を重ねると、目をつぶり祈り始めた。

 「……」


 金髪の美少女が祈る姿は、とても神聖なものに俺の目には映り、固唾かたずをのんだ。


 いや、俺だけではなく、その場にいる全員が彼女に目を奪われた。

 メイベルを聖女と慕う者がいることを、今さらながら理解できた。


 少しすると、淡く優しい光が彼女を中心にゆっくり広がっていった。

 それが端まで届き光が弾けると、戦場全体が浄化されたように感じる。


「おおぉ……」

 皆から感嘆の声が漏れた。


 後で知ったのだがこの時メイベルは、死者の魂の苦痛を和らげる魔法を使ったのだそうだ。

 そんな魔法があるぐらいなのだから、この世界には魂が存在するのだろう。


 ならば供養のためにも、彼女を連れてここへ足を運べたことを感謝しなくてはならない。

 ジャスティンの行動は、何もかも結果的に良い方向になっているような気がしてきた。たぶんそれは、彼の人となりによるものだと、俺には感じられた。


「今アタシができるのはこのぐらいだ」


「ああ、充分だ。ありがとな、メイベル」

 戻ってきたメイベルに、祈りの間ずっと黙とうを捧げていたジャスティンは、そう言って彼女を迎えた。


「ジャスティン殿、メイベル殿」

 ディルクは二人に近づくと、敬意を表すようにひざまずいた。

 冷静な紳士のディルクらしくなく、涙を流し感情が溢れだしているようだ。


「な、じ、じいさん、どうしたんだよ!?」

 ジャスティンは戸惑いながら、視線をあちこち動かした。


「我ら……魔族ともども死をいたんでいただき感謝いたします。尊い命が無駄に散った事実は変わりませんが……、彼らもこれで……少しだけ報われたと思います。本当に……本当に感謝いたします」


「何言ってんだよ、ディルクのじいさん! こんなこと当たり前だろ! 人間だろうが魔族だろうが命の大事さに差なんてねえ! どんな奴でも、俺は亡くなった者たちを弔ってやりてえんだ!!」


 ジャスティンは少し取り乱しているディルクの肩を両手で掴むと、まっすぐに彼を見つめた。


「――――申し遅れましたが……私は……ここにあった魔族の村の村長をしておりました」


「!!?」

 突然の告白に、皆に衝撃が走った。


「黙っていて申し訳ございません。気を遣わせてしまうかと思いお伝えするか迷っておりましたが、村を代表して感謝を申さない訳にはまいりません。亡くなった者たち、その遺族たちに代わり感謝を述べさせていただきます。我ら魔族のために祈っていただき、誠にありがとうございます」


「な、何度も言わせんな。こんなの当たり前だって言っただろ!? それに……それなら俺たちは謝んなきゃならねえよ! すまねえ、こんな犠牲を出してしまって」


「何を申されますか! 皆さまを見ておれば分かります。きっと魔族にも犠牲が出ないよう精いっぱい行動してくれたはずです! こちらから感謝することはあれ、皆さまから謝っていただくことは何一つございません!!」

 ディルクも、ジャスティンにまっすぐ視線を返した。


「ディルクのじいさん……。あんたにそう言ってもらえるなら、ちょっとは俺たちも救われたぜ。だけど、それでも謝らせてくれ。すまねえ、俺たちが力不足で、犠牲を出しちまって」


「ジャスティン殿…………」

 ディルクは、声を抑えながら泣き崩れた。

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