第116話 魔族のディルク
「なあ、あんたは何魔族なんだ? 中級とか上級とかあるって聞いたんだけど」
アランが、唐突に思いついたような素振りで言った。
周りは皆、彼が数分前から何かを言おうとしていることに気づいていたが、誰もそのことに触れることはなかった。
「アラン、いくら何でも失礼な聞き方だよ! すみません、礼儀知らずで」
そのことに唯一気づいてないヴィンスが、すぐに言葉を重ねた。
「構いません、お若い方らしくて良いと思います。ご質問についてですが、私は種族で言うと上級魔族にあたります」
「上級魔族だって!? な、なあ、上級ってすげえ強いんじゃなかったっけ?」
「う、うん! たしか、団長クラスでも一対一じゃ勝てないようなこと聞いた気がする……」
顔を見合わせる二人の緊張感が、わかりやすく一段上がった。
「アラン殿、ヴィンス殿、そんなに警戒されなくても御心配には及びません。私はたしかにレベルだけは高いですが、ほとんど戦闘経験はございませんし、このとおり老いぼれですので」
「そ、そうなんだ。たしかに戦闘に向いてる感じしないしな」
「だ、だよね。とても戦士団の団長と渡り合えるように見えないし」
「そのとおりでございます」
自分に言い聞かせるように呟く若者二人に、ディルクは笑顔を見せた。
「魔族って言っても色々あるんだ……」
アランがそう漏らすと、考え込むように二人とも口数が減った。
「ディルクのじいさんさ、三十年前の戦争には参加したのか?」
誰もが
話題が話題だけに俺はエルキュールが気になり、前で馬を操る後ろ姿へ目をやったが、とくに反応を示していない。
母の仇であるシャーキーを倒したとはいえ、聞き心地の良い話ではないことは確かなはずだった。
「皆さまが気になるのは当然の事と存じます。ちゃんとお伝えしておきますと、私はあの戦争には参加しておりません。戦争に行くのは軍の兵士たちで、私のような平凡な魔族は、畑を耕し、家畜を育て、自然と共に暮らしているだけでございました」
ディルクの返答に、アランとヴィンスがホッとした表情を見せた。
質問者のジャスティンは、興味があるのかないのか、表情を変えず質問を続ける。
「畑を耕し家畜を育てるって、人間の農家と全然変わらねえんだな。上級魔族なのに兵士にならなかったじいさんは珍しいのか?」
「上級魔族は魔族全体の一割も満たない数しかおりませんが、軍に入るのはその半分以下でございます。兵士となり魔王様直属として仕える者もおれば、平穏に暮らすことを望む者もおります」
「そっか。戦う奴もいれば、戦わない奴もいるってことだな」
「はい。人間の方々からどう思われているか分かりませんが、魔族にも女子供がおりますし、全体数から見れば戦わない者の方が大多数と言えます」
そうなのだ。
人間にだって、強さを求め冒険者や兵士になる者もいれば、争いを避け農民や商人になる者もいる。
俺が思っていた通り、魔族と言っても人間と大差ない一つの種族でしかないのだ。
その魔族の一端を、ディルクから語られることで俺は更に確信した。
口には出さないが、アラン、ヴィンス、そしてエルキュールも、魔物なんかではない魔族という一つの種族について、新しい理解が芽生えているはずだった。
きっと一度も想像したことのない、魔族の暮らしというものを。
それからアランとヴィンスは、少しずつ魔族ディルクと打ち解け合っていく。
ディルクの人柄もあるし、尊敬するジャスティンがハーフ魔族というのもあるだろうが、二人の若者の培ってきた偏見が、段々と崩れていくのを見てとることができた。
「エルキュールの兄ちゃん、この辺りってたしか」
王都アルレッタを出て三日後、周りの景色を見てジャスティンが何かに気づいた。
「うん、ジャスティン。ここはあの場所の近くだよ」
エルキュールはそう言って、馬車の速度を落とした。
「やっぱりそうか」
二人に言われるまで気づかなったが、辺りを見回すと俺にも見覚えのある場所だった。
あの時はたくさんの戦士でごった返していたが、今は俺たちの馬車しかおらず静かなエリアだ。
「なんだゲオ。気づかなかったのか?」
メイベルが皮肉を込めて言った。
「ええ、まあ……」
まさかあの場所の近くを通るとは思っていなかった。
地図を開けば別だが、何の目印もないありふれた山道なので、俺は今の今まで見落としていた。
俺たちの話を聞いて、アランとヴィンスも馬車から乗り出して景色を確認した。
「ホントだ! この辺は魔物と戦ったあたりだな」
「うん、そうだね。もう少しあっち行ったところが、魔族と戦闘になった場所だ!」
ヴィンスが森の中に向かって指差した。
「兄ちゃん! せっかくここまで来たんだ。寄ってこうぜ!!」
「ジャスティンならそう言うと思ったよ。ゲオっち、いいよね?」
エルキュールは一瞬振り向くと、馬車を道の端に止めた。
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