第115話 同行者
俺たちは、マリーに聞いた『赤蜘蛛』の本拠地を目指すことになった。
向かうのは、エルキュール、ジャスティン、マテウスの師弟トリオと、メイベルと俺の、元々のメンバー。そして、魔族ディルク、アルアダ王国の若い戦士アランとヴィンスが追加メンバーだ。
そもそも今回の発端は、アルアダ王国第三王子が襲撃されたこと。
当然、アルアダ王国としては実行犯とされる『赤蜘蛛』を放置することはできず、我々と戦士団を同行させたいところなのだが、それは断念せざるを得なかった。
聞いた本拠地が魔族エリアとの境界付近だったため、王国戦士団を動かすと魔族を刺激する可能性が出てきてしまうのだ。
俺たちからすればエルキュールとメイベルがいるので戦力的には十分。自分たちだけで行くつもりでいたが、何かしら関わる必要がある王国からは、何度か同行したことのある戦士アランとヴィンスが、アルアダ王国代表として選ばれたのだった。
「アラン、ヴィンスよ。エルキュール様たちに迷惑を掛けるんじゃないぞ」
馬車で出発する俺たちを見送りに来た宮廷魔導士ヘンリーが、若い戦士二人に言った。
「もちろんだよヘンリー様! エルキュール様やジャスティンさんの力になってみせるさ!!」
アランが親指を立てて返す。
「あんまり調子いいこと言うなよアラン! 申し訳ございません、ヘンリー様。アランのことは私がしっかり見ますので」
「ヴィンス、なんだよその言い方!! お前は力になるつもりないのかよ!?」
「そんなことは言ってないだろ!!」
「こらこら、迷惑を掛けるなと言ったばかりだろう……」
ヘンリーが、呆れたような諦めたような表情をしながら、申し訳なさそうに御者台に座るエルキュールを見た。
「はは、なんだか騒がしい旅になりそうだね。まあ、ジャスティン達には丁度いい旅仲間が出来たと思えばいいんじゃないかな」
「エルキュール様にそう仰っていただけるのなら……」
ヘンリーは伝説のハーフエルフに頭を下げた。
「それじゃ、そろそろ出発しようか。『赤蜘蛛』の拠点までは一週間程度だって言うし。アラン君、ヴィンス君、乗って!」
「あ、はい! すみません!!」
エルキュールに促されると、アランとヴィンスは端にいる巨体の俺を避けながら慌てて馬車に乗った。
「エルキュール様、皆さま、どうかお気をつけて」
見送るヘンリーの言葉が終わる前に、エルキュールは馬車を出発させた。
馬車の中では、アランとヴィンスが魔族ディルクを意識しているのが明らかに出ていた。
彼と視線を合わそうとしないし、会話もなるべく避けるようにしている。
アラン達なりにあからさまな態度にならないよう気をつけているようだが、周りからすれば露骨に見えた。
「なあお前ら。やっぱ魔族が怖えのか?」
見かねてなのかジャスティンが二人に声を掛けた。
「なっ?! ジャ、ジャスティンさん、何を急に言ってんすか!? 今さらそんなわけないじゃないっすか! だよな、ヴィンス?」
「も、もちろんですよ! たしかに最初に遭遇したときは怖気づきましたが、今さらそんな……」
アランはディルクから顔を背けながら、ヴィンスは横目でチラチラ見ながら答えた。
それがあまりにも可笑しく、俺は噴き出しそうになるのを堪えた。
よく考えれば、メンバーの中で人間はこの二人だけだ。
あとは半分人間だったり魔法生命体だったりなので、人間としての反応は彼らの方が正しいのだろう。
それでも彼らはとても滑稽に見えて、それでいて嫌な気もしなかった。
犬が苦手な子供を見ているような、むしろ微笑ましい気分にさせられていた。
「お二人は人間ですので、そのような反応をされるのは当然かと思います。それどころか敵意を向けるようなことをなさらない分、とても好感をお持ちします」
ディルクは優しく微笑んだ。
「あ、いや、そりゃあ……敵ってわけじゃないし……」
「すみません、まだちょっと慣れなくて……」
二人は少し顔を赤らめながら目を伏せる。
何とも言えない優しい空気が馬車の中を満たした。
人間と魔族が、こんなコミュニケーションをとることだって出来るのだ。
今まで長い間、いがみ合い憎しみ合ってきたのかもしれないが、それは必ずしも未来永劫に続くわけではない。
いつかきっと仲の良い隣人になることだって出来る。
俺は目の前にいる若者と老人、ハーフ魔族のジャスティンを見ながら、心からそう思っていた。
もしかしたらあのジジイ……『神様』が俺をハーフ魔族にしたのは、こういうことだったのかもしれないな。
ふと、そんな風に考えが及んだ。
『神様』は、おぬしの好きにするがよいとか何とか言っていたが、やっぱり何かしらの意図があるんじゃないかと思う。
『神様』の戯れで連れて来られたにしては、俺の持つ力は強すぎるのだ。
ふぉっ ふぉっ ふぉっ
久しぶりに、あの笑い声が聞こえた気がした。
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