第114話 条件と方針

 俺はアルアダ国王やエルキュール達に、魔王と話した次の三つの条件を説明した。


 『赤蜘蛛』を壊滅させ、第三王子襲撃の首謀者を捕獲すること。

 禁呪について調査し、今後の使用を食い止めること。

 この2点が達成されるまで魔族ディルクを同行させること。



「なるほど、その魔族が見届け人というわけだな……」

 アルアダ国王は戸惑いを滲ませながらディルクを見た。


 目の前にいるのは敵対する憎むべき魔族のはずだが、第三王子を襲撃したのは人間である『赤蜘蛛』だった。

 簡単に言えば、勘違いで魔族エリアへ攻め込んだのだから、複雑な思いなのだろう。


「お初にお目にかかります、アルアダ国王。魔族のディルクと申します。魔族の王たるアデルベルト陛下より、ジャスティン殿とゲオ殿の同行を賜りました。老いぼれゆえ、お力になれることは僅かですが、最後まで見届けることが私の使命と思って精進いたします」

 ディルクは片膝を着きアルアダ国王へ挨拶をした。


 ディルクの礼節ある対応は、その場にいる者を驚嘆させていた。

 魔族の都で、魔族の暮らしを見てきた俺やジャスティンならいざ知らず、普通の人々は魔族を野蛮なならず者としか思っていない。


 しかしそこにいるディルクは、それを一つも感じさせず、むしろ気品に満ちていると言ってよかった。

 もちろんシャーキーのような好戦的な魔族もいるが、彼の様子を見ていると、魔王は意図的に正反対のディルクを選んだのかもしれないと思ってしまう。


「魔族ディルク……殿。同行について、このアルアダの王も了解しよう。それは分かったが、禁呪とは何のことだ?」

 アルアダ国王は話題を変えた。


「それは私の方から説明するよ」

 勇者マリーは持っていたカップを置くと、そう言って禁呪について皆に説明を始めた。


「禁呪とは、失われた古代魔法のことさ。その危険な性質のために利用を禁じられ、遥か昔に衰退した魔法でね。もう誰も使用できず、存在を知る者さえほとんどいなくなったとされていたんだけどねえ……。その子たちが言うには、この前の魔族との戦いでシェミンガムの宮廷魔導士団が使用し、最上級魔族を倒したって話だ。命と引き換えに一瞬だけレベルを100上昇させる、反吐へどが出るような魔法を使ったようだね」


 マリーが息子であるジャスティンに視線を送ると、ジャスティンは軽く頷いた。


 唐突に耳を疑うような話を聞かされ、皆が驚いた様子だが、魔族ディルクは特に強い嫌悪感を表していた。

 そんな不快極まりない魔法のせいで、魔族に犠牲者が出たのだ。気持ちいい話ではないはずだった。


 アルアダ国王を見ると、あまり長くない髭を触りながら少し沈黙している。

 そしていつもより小さめに発声した。


「失われた古代魔法ですか……初耳ですな。そんな魔法が存在するなんて聞いてこともありません。ヘンリーよ、そなたはどうだ?」


「アルアダ王国の宮廷魔導士団団長である私めでも、噂すら存知ません」


「そうか。マリー様、そのような言い伝えよくご存知でしたね」


「まあ、勇者になると特別な情報も手に入るのさ。で、アルアダ国王。その言いようだとシェミンガムから禁呪のことは聞かされていないようだね」


「はい。シェミンガムのエイブラム殿が、よもやそのようなものを使っているとは……。これは私の勘ですが、シェミンガム国王も知らないのではないかと思います」


「ふむ、何にしてもシェミンガム王国へ行ってみる必要はありそうだね。あんた、ゲオって言ったかい?」

 勇者マリーが突然こちらを見た。


「は、はい」


「あんた達は『赤蜘蛛』の方を任したよ。奴らの拠点は調査済みだから、第三王子の襲撃を誰に頼まれたか聞きだしておくれ。その間、禁呪については私が調べておくから」


「え? 手伝ってもらえるんですか?」


「何言ってんだい。人間と魔族の問題になってんだ。勇者が動かないわけにいかないだろう」


 なるほど、たしかにその通りだ。

「分かりました、そういう事ならよろしくお願いします」


「じゃあ決まりだね。エルキュール殿もそれでいいですか?」


「もちろんだよマリー! 禁呪については勇者として思うところがありそうだし、『赤蜘蛛』はボクらに任せておいて! ね、ジャスティン?」


「あ、ああ。母ちゃんは禁呪ってのを頼むぜ」


「なんだいあんた。私に着いてこないつもりかい?」


「な、何言ってんだよ! 母ちゃんなら一人で充分だろ!?」


「二十年ぶりだってのに、つれない子だねえ」

 マリーは意地悪そうな目線でジャスティンを見つめた。


「バ、バカッ、そういう話じゃねえだろ!!」


 慌てふためくジャスティンの姿を見ると、何だかんだ言ってまだ子供なんだなって思ってしまう。

 皆もそう感じているのだろう、見守るような目で二人のやりとりを見ていた。


 ただ、マテウスなんかは、ここぞとばかりに皮肉めいた言葉を言っている。

「ジャスティン、寂しいんだったら母上に連れて行ってもらってもいいんだぞ」


「は? ふざけんな! マテウスてめえー!!」


 一人赤い顔をして怒っているジャスティンとは逆に、和やかな空気がその場を包んだ。

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