第113話 王都アルレッタでの騒ぎ

 三人で街へ足を踏み入れると、やはりと言うべきか仕方ないと言うべきか、ひと悶着もふた悶着もあった。

 魔族戦でもローデヴェイク戦でも、少なからず犠牲は出ており、その関係者が街にはいる。彼らが魔族を見つければ穏やかでいられるはずはなかったのだ。


「あ、あれって魔族じゃないか!?」

「たいへんだ、魔族が入り込んでるぞ!」

「あいつらが、あいつらが息子を……」


 ディルクを目にした人々は、見てはいけないものを見たかのように大きな反応を示し、それに気づいた人々がさらに集まりだした。


「思ったよりやべえ感じになってきたな」

 ジャスティンから焦りの色が見える。


 最初、民衆は恐怖から始まったが、だんだんと怒りへと変わっていく。

 このままいけば、それは狂気へ変貌をしそうで、そのうち暴動になることが容易に想像できた。


「魔族を追い出せー!」

「魔族を許すなぁ!」

「殺してしまえ!!」


 いつのまにか乱暴な言葉が飛び交うようになる。

 さすがに武器を構えて襲ってくるようなことはなそうだが、集まる人々は増え続けて、そしてとうとう俺たちの行く手は塞がれ、身動きが取れなくなってしまった。


「くっ……おっさん、どうすりゃいいんだ!?」


「ジャ、ジャスティン、俺にもどうしていいのか……」


 ディルクを窺うと、とくに焦りや恐れを感じている様子はなく、相変わらず落ち着いたままだった。


「いざとなりましたら私は飛べますので、どうか皆様を傷つけないようお気を付けください」

 ディルクは俺の視線に気づくと、そう小声で言った。


 魔族のディルクが、人間の市民を気遣っているようなセリフだ。

 まあ俺やジャスティンは間違っても人々を傷つけるようなことはしないし、ディルクは飛んで逃げられると言うなら大事には至らないと思うが、これではなすすべもなさそうだった。


「ディルクさん、このままでは仕方ないですので、ここは一旦飛んで――――」

 俺は撤退を提案しようとすると、聞き覚えのある声が響いた。


「皆さん! 落ち着いて!!」

 数日会ってないだけなのに、そのエメラルドグリーンの髪はとても懐かしく、中性的な美しさは頼もしくも見えた。


「やあ、ゲオっち」

 現れたのはハーフエルフのエルキュール。抜群のタイミングだ。


「エルキュール様だ」

「え!? 伝説のハーフエルフの?」

「救国の英雄様じゃ!」


 エルキュールの姿を見ると、皆の表情が変わり淀んでいた空気が吹き飛んだ。


「魔族については、このエルキュールに任せてもらえるかな? 皆さんには悪いようにはしないよ」


 人々は周りと顔を見合わせると、俺たちを残して元の生活に戻っていった。

 それは、エルキュールが言うなら仕方ないというより、彼に任せておけば安心という思いのようだ。


「さすがエルキュールの兄ちゃん、助かったぜ」

「エルキュールさん、ありがとうございます。まさかここまで騒ぎになるとは思ってませんでした」


「こっちこそ驚いたよ。まさか魔族を連れてくるなんてさ。二人の事だから理由があるんだろうけど、まずは王宮に向かおうか。話はそれからだね」


 エルキュールの視線に気づいたディルクは、軽く会釈をした。


 その後、王都の人々や王宮内の人々は、魔族のディルクに気づくとかなりの動揺を見せるが、案内しているのがエルキュールというのもあって、騒ぎ立てるようなことは起きなかった。




 それから俺たちは、初めて来た時と同じ大きな部屋に通された。

 部屋の中には、アルアダ国王、第一王子、戦士団団長、宮廷魔導士団団長と、勇者マリー、メイベル、マテウスが席についている。


「やっぱり騒ぎはゲオっち達だったよ」

 部屋に入りエルキュールが皆に言うと、全員の視線が一斉にディルクに集まった。


「な、なぜ魔族がこんなところに……」

 アルアダ国王が動揺しながら立ち上がると、第一王子と戦士団団長がすぐに前へ進み出て武器に手を掛けた。


 それを見たジャスティンは二人とディルクの間に入り込み、

「ちょっと待ってくれ! ディルクのじいさんは暴れたりなんてしねえよ!」

 と両手を左右に広げた。


「ほらほら落ち着きな。ここに私がいることを忘れちゃいないだろうね。そこのあんたも、勇者の前でどうこうするつもりなんてないんだろう?」

 勇者マリーは、席に着いたまま落ち着いた様子でお茶を飲んでいた。


「もちろんでございます、勇者マリー殿。この世界でマリー殿とまともに剣を交えることが出来るのはアデルベルト陛下のみと、この老体は重々承知しております」

 ディルクは、執事のように片腕を前で曲げ、背筋を伸ばしたままマリーに頭を下げた。


「だそうだよ。あんたらも席に座ったらどうだい?」


「勇者マリー様、失礼いたしました。突然の事で見苦しいところをお見せしました。皆の者、席に戻るのだ」

 アルアダ国王は、そう第一王子たちに指示をしながら椅子に座った。


「ま、皆が驚くのも無理ないね。ボクだってそうなんだし。で、ゲオっち、ジャスティン、説明してくれるんでしょ?」

 全員が元の席に戻るのを確認すると、エルキュールが俺とジャスティンに尋ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る