第112話 寄り道

「おっさん、先に行ってるけど大丈夫なのか?」

 ワイバーンに騎乗したジャスティンが、心配そうに言った。


「はい、俺一人でしたら何とかなりますので。ジャスティンはディルクさんと一緒にアルレッタに向かってください」


「そっか、わかった。ま、乗れないのは仕方ねえしな」


「ディルクさん、ジャスティンをよろしくお願いします」

 俺は上級魔族のディルクに向いた。


「お任せください。操縦は難しくなくワイバーンは優秀ですので、初心者でも半日あればアルレッタに着くと思います。それではジャスティン殿、参りましょう」

 ディルクが手綱を引くと、ワイバーンは大きく羽をはばたかせ飛び立った。


「ひゃっほー!」


 ジャスティンもすぐに続く。

 純粋な魔族と違いジャスティンには羽がない。初めて空を飛ぶ浮かれた気持ちが声に現れていた。


 俺は二頭のワイバーンを見送ると、

「ベネディクテュスさん、色々とありがとうございました。おかげで戦争は避けられそうです」

 と改めて礼を言った。


「まだそうと決まったわけではない。お前らの行動次第であることを忘れるな」


「はい、もちろん肝に銘じておきます。では俺もこの辺で」

 俺は頭を下げ立ち去ろうとすると、


「ハーフ魔族よ」

 ベネディクテュスが俺を呼び止めた。


 彼を見ると、いつも通り何の表情もないまま俺の肩をポンと叩き、魔王城へ足を向けた。

 そして二、三歩あるいたぐらいで小さく呟いた。


「彼を連れてきてくれて、感謝する」


 想像していなかった言葉に一瞬驚いたが、ジャスティンを魔王に引き合わせたことを言っているのだとすぐ分かった。

 何一つ感情を表に出さない魔族だが、俺は彼の優しさに触れた気がした。


 魔族の都か……、来てよかったな。


 俺はまた来たい気持ちが大きくなるのを感じながら、『テレポート』の魔法を使った。




 『テレポート』の移動先はクレシャスにあるブレンダの店の前。

 ジャスティン達がアルレッタに到着するには、それなりにかかるような話だったので、直接は飛ばずクレシャスに寄ることにした。


 店はちょうど休憩時間。街一番と言っていい人気店だが、この時間だけは静けさを取り戻していた。

 店に入ると、ブレンダ・ディーナ・アリシアの三人が目に入る。


「おや? なんだいあんた、一人かい?」

 ブレンダがすぐに俺に気づいた。


「はい。ちょっと時間があったので少し寄りました」


「あっ、ゲオおじさん、久しぶり!」

「ゲオ様、お帰りなさいませ」

 続いてディーナ、アリシアが声を掛けてきた。


「ディーナ、アリシアさん、ただいま。クレシャスはとくに変わりないですか?」


「うん、いつもどおり平穏で楽しいよ! ジャスティンたちは元気?」


「まあ、元気は元気ですけど……」


「あんたが一人で顔を出すぐらいだ、色々あったみたいだね。言ってごらん?」

 ブレンダは少し問い詰めるように言い寄ってきた。


 俺は詳細を省いて、魔族と戦闘になったこと、ジャスティンを連れて魔族の都に行ってきたことを話した。


「魔族との戦争を止めるために魔王と会ったって!? で、どうだったんだい?」


「俺たちは人間ではなく半分魔族ですので、魔王にも話を聞いてもらえました。いくつか条件は出されましたが、これからエルキュールさん達とどうにかするつもりです」


「そうかい。で、危なくないんだろうね?」


「はい、俺たちなら危険はないです。ただ、うまくいくかは別の話ですが……」


「大丈夫! ゲオおじさんならきっと止められるよ!」

 ディーナが元気に言った。

 久しぶりの無邪気な笑顔は、俺の心を癒してくれる。


「何かあれば、このアリシアをいつでもお呼びください」

 アリシアがスタイリッシュにお辞儀をした。


 究極の美しさと強さを持つアリシアを連れていけば、どんなことでも解決するだろうが、できるかぎりそれは避けたかった。

 この世界のことはなるべくこの世界の人の力で解決すべきで、彼女の介入は自然なことではないと感じていた。


「ありがとございます。みんなで何とかしてみせますので、二人はこの街をよろしくお願いします」


「うん、任せて!」

「ゲオ様の仰せのままに」


 なんとも心強い返事だ。

 軽く情報共有のつもりで寄ったが、精神的にリフレッシュした気分だ。


 この世界で唯一俺の帰る場所を、信頼できる仲間に託し、使命感のような気持ちが芽生えながら俺はクレシャスを離れた。




 アルレッタの入り口で待っていると、ジャスティンとディルクと思われる二つの青い点が、高速で近づいてくるのを地図で確認した。


 乗っているはずのワイバーンは青にも赤にも表示されない。

 そういえば馬車の馬や森林の動物も地図には映らなかったし、何かしら表示される基準があるのかもしれない。


「あれ? なんだよ、おっさんの方が先に着いてるじゃん!」


「これはこれはゲオ殿。一人なら何とかなるとは、そういうことでしたか」


 半日前に見送った二体のワイバーンが、ローデヴェイクとの戦闘で出来た広大な更地に着地した。


「二人ともお疲れ様です」


「お疲れ様ですじゃねえよ! ワイバーンより早く着くってどういうことだよ!?」


「はは、まあ、一人なら身軽ですので。そんなことより、もう日もだいぶ落ちてきましたし、まずはエルキュールさん達と合流しましょう」


「ちぇー、まあいいけどさ! でもよ、じいさんと街に入るのはさすがに目立ちそうだよな?」


 たしかにジャスティンの言うとおりだった。ディルクは羽も尾もある、紛れもない魔族だ。

 先日のローデヴェイクの襲来で大きな犠牲を出したばかりだし、魔族には敏感になっているだろう。


「そうですね、どうしたもんでしょう。ディルクさんにはここで待っててもらって、エルキュールさんたちを連れてきましょうか」


「そんなのメンドくせえよ! 気にせず堂々と入ろうぜ! 急に切りかかってくる奴もいないだろうしさ」


「そ、そうですね。ディルクさんもそれでいいですか?」


「もちろんでございます。どこであろうとお二人についていくのが私の役目でございますので」


「分かりました。なら一緒に王城へ向かいましょう」

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