第110話 親子の出会い

 重厚な扉を開け謁見の間を見渡すと、初めて来た時より心の準備をしていた分、冷静に観察ができて、ここは他の王城よりだいぶ広く豪華なことに気がついた。

 これから話そうとしている相手は、この世界で最も偉大な存在の一人であることを改めて思い知らされる。この交渉が極めて重大であることも。


 中にいる魔族は二体。魔王アデルベルトだけではなく、魔王候補ローデヴェイクの姿も目に入った。

 あの戦いの話は、当然魔王の耳に届いていると思った方がよさそうだ。


 俺たち三人はローデヴェイクの視線を感じながら、玉座までの中間ぐらいにいる彼の横を通り抜け、魔王の前まで進んで膝を着いた。

「陛下――――」


「貴様がハーフ魔族のジャスティンか。母親は元気か?」

 魔王はベネディクテュスの言葉をさえぎり、ジャスティンに話しかけた。


「あっ、ああ。残念ながら相変わらず元気だ。あんたが魔王ってやつか?」

 ジャスティンが玉座に座る魔王を見上げた。


 二人とも真っ直ぐお互いに視線を向ける。

 魔王アデルベルトとジャスティン、親子の初対面。

 どちらも無表情のまま、静かに時が流れた。


 俺には二人が初めての出会いを喜んでいるように見えて、嬉しくなった。

 わざわざ俺を魔王城へ呼び出してまで息子の保護を求めたぐらいだ。魔王とはいえ親としての情があるはずなのだ。


 そして、この出会いがこの世界に大きな影響を及ぼす予感に、胸が躍った。


「そうだ、我が魔王アデルベルトである。で、ハーフ魔族が揃って何の用だ?」

 ローデヴェイクから報告を受けているはずだが、魔王は視線を俺に変えると改めて聞いてきた。


 俺は出来る限り正確に、アルアダ王国第三王子が襲われたところから、魔族エリアに攻め込んだこと、勇者マリーが掴んだ『赤蜘蛛』のことまで説明した。


「なるほど、状況は理解した。それで魔王であるワシに何を求める?」


「魔王アデルベルト様には、人間との争いを起こさないようお願いにきました」


「人間と争うなと? 罪もない魔族の民が人間に殺されていながら、この魔王に動くなと申すのか?」


「はい、その通りです。自分勝手な申し出であることは十分理解していますが、これからの魔族と人間のために、ここはどうか抑えてもらえないでしょうか?」


「魔族と人間のためにのぉ」


「もちろん、今回の原因を作った赤蜘蛛は滅ぼし、彼らに依頼した元凶も捕らえてみせます」


「元凶は捕まえてみせると? だそうだが、ローデヴェイクよ、貴様はどう考える?」


「そうですなあ、その赤蜘蛛のせいだろうが何だろうが、こちらからすればどれも人間同士の話だから、我々魔族には関係ないですかね。誰の仕業であろうと、魔族に犠牲が出ている事実を見逃すわけにはいかないかと」


「ふむ、たしかにそうだ。アルアダ王国であろうが赤蜘蛛というものであろうが、人間が敵対してきたことには変わらん。我々はアルアダ王国と休戦協定を結んだのではなく、人間すべてと結んだつもりだ。人間から協定を破ってきておいて、王として動かない訳にはいかないな」


「待てよ魔王のおっさん!」

 ジャスティンは立ち上がって声を張った。

「戦争になったら少なからず魔族にだって犠牲は出るんだぜ? どんなやつだって生活もあるし家族だっているはずだ。死んでいい奴なんているわけないんだから、戦争なんてやっちゃいけないんじゃねえのかよ! これから犠牲になるかもしれない人たちのことを考えるのが、上に立つってことなんじゃねえのか!?」


 魔王は静かにジャスティンへ視線を向ける。無礼なハーフ魔族に対して少しも怒っている様子はない。


 ジャスティンは魔王相手に正面を向いたまま続けた。

「もちろん犠牲になった人たちのことを考え、それに報いなきゃならないこともあるだろうけど、過去ばっか見てねえで、未来も見ろよ!!」


「クックックッ、魔王のおっさんか。貴様は我とのことを聞いてないのか?」


「一応聞いてはいるけど……」


「なら、父上と呼べ」


「ちっ!? ふ、ふざけんな! そんなことより――――」


「言いたいことは分かった。ガキのくせに知った風な口をきく。そこまで言うなら、条件によって考えてもよいが」

 魔王がローデヴェイクを見ると、

「ローデヴェイクよ。人間は信じられんが、こやつらハーフ魔族の話を少しは聞いてやろうと思うが、貴様の意見を述べよ」


「たしかに、あの勇者との再戦はこちらもそれなりの犠牲を覚悟する必要があります。そういうことでしたら、あの禁呪について気になるところですので、一時停戦をする代わりに、それを調べるなら考えてもいいかと」


 あの好戦的なローデヴェイクが、魔王の顔を立てるためか、戦争より禁呪の方が気になるのか、妥協案を口にした。


「禁呪か。太古より伝わるいままわしき魔法。どこまで復活させたのか確認する必要はあるかもしれんな……。どうだ二人とも、禁呪について調査し、今後は人間どもが使うことがないよう貴様らで止めてみせよ。それが出来るなら、貴様らの申し出を受け入れてやろう」


 魔王が少し楽しそうにそう言うと、俺とジャスティンは顔を見合わせた。

 自分の命を引き換えにして瞬間的にレベルを上昇させる魔法。前の世界で言うと、自爆テロや歴史の授業で習った日本の特攻隊のようなものだ。


 禁呪と呼ばれるだけあって、あれは存在していい魔法ではないと俺でも分かった。

 ジャスティンは何のことかあまり理解できていない表情をしているが、ここは魔王の提案に乗るべきだろう。


「魔王様、そのお話、是非ともお受けしたいと思います」

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