第109話 レリアンティスの人々
魔族の住民が俺たちに気づき始めたのは、都に入って少し経ってからだった。
レリアンティスに入るために門番を通すわけでもないので、我々のようなよそ者が入り込んでもすぐには気づかれない。
魔族以外が来るはずないというのもあるだろうが、それにしても人間の世界よりよほど治安が良く平和と言えるのではないだろうか。
「あれってこの前も来たバケモノじゃないか?」
遠くで誰かが俺を指差した。
やっとデカい俺に気づいたようだ。
魔族にバケモノの言われようは
「あんな恐ろしいバケモノが、いったい何の用なんだ?」
「一緒にいる赤い髪は魔族みたいだが、人間の臭いがするぞ?」
「ホントだ! でも人間の臭いがするのに、何だか嫌な感じがしないな」
みな、俺よりも脇を歩くジャスティンに興味を示しているようだ。
やはり本物のハーフ魔族は気になるのだろうか。
それから少し歩いているうちに、あっという間に人だかりが出来た。
俺が一人で来た時は遠巻きに見ていたのだが、今回はまるで有名人が来たのかのように、人々が距離を縮めてくる。
「よお、元気にしてるか?」
その中から子供たちの姿を見つけると、ジャスティンは笑顔で手をあげた。
子供たちが恥ずかしそうに親の陰に隠れる姿は、何とも微笑ましい光景だ。
俺と違ってジャスティンに対しては、嫌悪感や敵対心はない。むしろ少し好意的にさえ感じる。
そういえばジャスティンは人間の町でもすぐにとけ込んでいた。
俺は同じようにここでもすぐとけ込んでしまう彼を、嫉妬と尊敬の念を込めて見守った。
それから魔王城へ向かう道中、大人たちはさすがに少し距離を置いたままだが、いつの間にか子供たちはジャスティンに群がり、楽しそうに城門近くまで付いて来た。
「お兄ちゃん、またね!」
「ああ、またな!」
ジャスティンが親の元に戻る子供たちに向かって手を振ると、子供たちも笑顔で振り返す。
さらに親たちでさえ、軽く会釈をする。
都の入口から魔王城まで歩いて来ただけで、もうすっかり人気者だった。
突然の見知らぬ訪問者のはずが、待ち望んだ来客のように、人々はジャスティンを歓迎しているように見える。
「いい街だな」
俺を見上げるジャスティンは優しい笑顔をしている。
「はい、とてもいい街ですし、みんないい人たちですね」
もしかしたらそれはジャスティンに対してだけかもしれないが、俺は本音でそう言った。
「ずいぶん時間が掛かったのだな」
城門の前で待っていたベネディクテュスが、怒った様子もなくいつもの無表情で言った。
子供たちの足に合わせたため、普通に歩くより倍ほどの時間が掛かったと思うが、それを見ていたはずのベネディクテュスは、皮肉でもなくただ事実を淡々と述べた。
「わりいわりい、ちょっと楽しくてさ!」
ジャスティンがまったく悪びれず言うと、ベネディクテュスは気にもとめずに俺たちを城内へと案内した。
ジャスティンが人々と触れ合ったことを
それから城内でも、俺よりジャスティンの方が目立っていた。
城外の人々のように近づいてはこないが、こちらを意識しているのは手に取るように分かる。
ジャスティンについて何か説明を受けているわけではないだろうに、魔王の近くにいる分、赤い髪の若者について何となく勘づくところがあるのかもしれない。
その証拠に敵意を微塵も感じず、ジャスティンを目にすることが出来たと喜んでいるようにさえ見える。
「城って言うわりに、ずいぶん活気があるんだな」
ジャスティンは、目が合った侍女たちに手を振りながら言った。
ベネディクテュスは一瞬振り向いて、ジャスティンが自分に向かって言っているのか確認すると、
「魔王城で働くことは魔族にとって誇りだからな。誰もが魔王様を慕い、尊敬しているため、お傍で働けることに生き甲斐を感じている。みな日々充実し、生き生きとしているからそう感じるのであろう」
と前を向いたまま説明した。
「生き甲斐かぁ。兄ちゃんもそうなのか?」
「……ああ、もちろんだ」
ベネディクテュスはジャスティンに一瞬目をやると、そう答えた。
「ふうん、そっかぁ」
ジャスティンには珍しく、感情の読み取りづらい返事をした。
城内の奥へ行くにつれ、周りの雰囲気が変わってきた。
侍女や執事のような恰好の人々は減り、警護につく衛兵のような装備をした魔族が増えてくる。
通路の幅も広くなり、飛び回れそうなほど天井も高い。
明らかに敷居が高い
そして俺たちは、見覚えのある装飾された大きな扉の前まで辿り着いた。
魔王アデルベルトがいる謁見の間だ。
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