第96話 前哨戦
アルアダ王国の戦士アランが言っていたように、行軍は十日以上に及んだ。
全員が騎馬や馬車に乗っているわけでもなく、徒歩の者が大半を占めるため、全体の速度は早歩き程度に留まっている。
これほどの人数の集団行動にしては整然としているが、さすがにこれぐらいが限界のように見えた。
その魔族エリアへ向かう道中、周りにいるアルアダ王国の戦士たちは、神妙な面持ちで緊張している様子だった。
それもそのはず。魔族相手の戦地に向かっているのだから仕方ない。
ところがそれと対照的に、俺たちは退屈な行軍のせいで、三日もすると緊張感がすっかり薄れてしまった。
ジャスティンとマテウスの口喧嘩は頻度が上がるし、退屈に耐えられずメイベルは愚痴ばかりこぼす。
仲裁したりなだめたりで忙しい俺とエルキュールは、引率者のような気分になっていた。
六日目あたりからは、少し様子が変わってきた。
何もない行軍というのは変わりないが、ジャスティンたち三人が周りにいるアルアダ王国の戦士たちと打ち解け、コミュニケーションをとるようになったのだ。
それはまあ毎日毎日、昼夜一緒に過ごしているので、それなりに馴染むのは当たり前なのかもしれない。
さらに、アルアダ王国からすればこちらにいるエルキュールは救国の英雄。ジャスティンの気さくな性格も相まって、親しみを感じてくれたみたいで、こんな短期間で軍人相手に仲良くなっていた。
「なんか、はしゃぎ過ぎというか、気を抜きすぎというか……。とても魔族エリアに攻め込む軍隊には見えないですね」
「たしかに。でも必要以上に湿っぽくなるよりボクは好きだけどね」
楽しそうに話しているジャスティンを見ながら俺が言うと、エルキュールがそう答えた。
そして出発してから十二日目、予定の魔族エリアに近づくと、事態が動き始めた。
「モンスターが現れたぞぉー!!」
列の前の方から声が聞こえた。
俺はすぐに馬車から降りると、地図にも赤い点が表示されているのを確認した。
赤い点は数百にものぼり、その向こうには青い点が同じ程度光っている。聞いていた魔族の集団かもしれない。
「エルキュールさん、かなりの数のモンスターがいるようです」
「ゲオっちには分かるのかい? 数もそうだけど、種類も多すぎるんだよね。これは、この辺がモンスターの生息地ってことじゃなく、魔族側に魔物使いがいるのかも」
「魔物使い?」
「そっ。魔族の中には、魔物使いと呼ばれるモンスターを操る能力を持つ者がいるんだよね。この数と種類は、どう見ても意図的にボクらの前に立ち塞がってるとしか思えないよ」
「そうですか。となると、魔族が待ち伏せしてたってことでしょうか……」
「どうだろう? 分からないけど、魔族ではないんだし、まずは片付けないとね。ジャスティン! マテウス! 行くよ!!」
エルキュールがそう言って走り出すと、ハーフ魔族とハーフ竜族の戦士はそれに従った。
戦闘は、アルアダ王国第一王子の指揮のもと行われた。
さすが王国の戦士たちと言うべきか、クレシャスの冒険者たちとは違い、しっかりと連携をとって戦っている。
まだレベルの低い戦士はゴブリンやオークを相手に、レベルの高い戦士はトロールやミノタウロスなど高レベルのモンスターを相手に、しっかり役割分担もできている。
だが、そんな王国戦士が見劣りする戦いをしているのが、エルキュールたち三人だった。
ゴブリンやオークなど雑魚モンスターは、通りすがりに一撃で斬り伏せ、アルアダ王国の戦士たちが三、四人がかりで相手をしているトロールやミノタウロスも、一対一で簡単に勝利している。
数百のモンスターを、たった三人で全滅させるのではないかという勢いに、アルアダ王国の戦士たちは途中から、エルキュール達を見惚れるようにその戦いを見守っていた。
「エルキュール様は伝説通りだが、他の二人も物凄いな」
「二人とも若く見えるが、ハーフってのはこれ程までなのか」
「さすがエルキュール様のお仲間だ」
エルキュールはいつもどおりスマートにモンスターを退治していくが、ジャスティンとマテウスはお互いの退治した数を競うかのように、凄まじい戦いを見せる。
アルアダ王国の戦士たちは、特にその二人の戦いに気を取られていた。
「エルキュール様たちだけにお任せするなぁ! 我々王国の力もお見せするのだぁ!!」
アルアダ王国第一王子は動きの悪い自国の戦士を見かねてか、大声で回りを鼓舞する。
それに触発されたアルアダ王国の戦士たちは、我に返ったように武器持ち直し、モンスターへの攻撃を再開した。
そうなるとモンスターの数が数百あるとは言え、こちらは際限なく援軍が来る上に、エルキュールたち三人が圧倒的な力を見せている。そのため第二軍を率いるアルアダ王国戦士団長が追いつく頃には、完全に決着がついていた。
「王子! お見事な戦いです!」
戦士団長は、ほとんど被害を出さないままモンスターを全滅させた有り様を見て、そう言った。
「いや、半分以上はエルキュール様たちのおかげさ。とくに若いハーフ二人の活躍が凄かったね。あの二人、我が王国の戦士と比べてもトップクラスの実力で、戦士団長の君相手でもいい線いくかもしれないよ」
「それほどまでに!? さすがエルキュール様が連れて来られた方というべきですか……」
戦士団長は驚きを隠せないでいるようだった。
ちなみに戦士団長のレベルは45だが、ジャスティンはレベル42に、マテウスはレベル44に上がっていたので、数値だけ見ても一国のトップに二人は近づいていた。
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