第94話 アルアダ国王

 それから俺たちは、王宮内の大きめな部屋に通された。

 そこはいかにも王宮内にある部屋らしい造りで、赤地に白や黄色の柄が描かれた毛深い絨毯は、靴の上からでもその柔らかさが伝わってくる。

 置いてある家具や飾りも、一つ一つが丁寧に作られた芸術品のようで、壁には絵画が掛けられ、天井さえも格式ある模様が描かれている。

 部屋全体が何一つ手抜きをしていない、完璧な作品のようだった。


「国王陛下。英雄エルキュール様をお連れしました」

 中には国王や騎士団長がすでに揃っており、大きなテーブルの上には地図が開かれている。

 今回の作戦会議を開いている最中のようだ。


「おお、ヘンリー、ご苦労であった! エルキュール様、よくぞ我が王国の救援に応えてくださった。王として感謝いたします!」


「アルアダ国王、久しぶりだね。10年ぶりぐらいかな? だいぶ国王が板についたみたいで、一瞬分からなかったよ!」


 アルアダ国王は、シェミンガム国王に比べると、ずいぶん若く見えた。

 欧米系の白人のような容姿のため、俺には年齢が分かりづらいが、四十歳前後じゃないだろうか。


「年齢だけは積み重ねてきましたが、王としてはまだまだ若輩者で、先代には遠く及びませぬ。そういうエルキュール様はおかわりなく」


「確かに先代王は人格者だったからね。ボクは相変わらず好きにやらせてもらってるよ。で、わざわざボクを呼んだってことは、おチビくんの話は事実なんだね?」


「はい、あやつは十六になったばかりで、初陣でしたが……」


 エルキュールが遠慮なく第三王子の話に触れると、場の空気が一気に重くなった。


 アルアダ国王の話によると、第三王子を含む小隊は、山岳地帯の街道沿いでモンスターが頻繁に現れると聞きつけ、調査に訪れたところ魔族に襲われたようだった。

 魔族エリアと隣接している地域ではあったが、休戦後は一度も魔族の目撃情報がなかった場所なので、予想だにしなかった襲撃のようだ。


「小隊の生き残りはいないのかい?」


「はい、現場には無残に殺された遺体が残されておりました。ただ、王子の遺体のみが見つからず……」


「見つからない? 連れ去られた可能性があると……?」


「分かりませぬが、どちらにしてもこのままには出来ませんので、早々に攻め込むつもりです」

 アルアダ国王の言葉からは、強い決意が感じられた。


「なあなあ、ホントに魔族の仕業だったのか?」


「おい、ジャスティン! 国王相手になんて口の利き方だ!」

 マテウスが慌ててジャスティンに注意した。


「まあよい、君は噂のハーフ魔族だね? 目撃者がいたのだよ。我々にとっても残念なことだがね」


 ジャスティンが質問すると、アルアダ国王だけでなく、皆が彼と俺に視線を向けてきた。

 これから魔族と戦争をしようという話の場に、魔族の姿をした俺たちがいるのは、多少なりとも気になっているのだろう。


「そっか、目撃者がいたのか。じゃあ、もしその第三王子ってのが魔族に連れ去られたんなら、早く見つけてあげないとな! 俺たちも力になるぜ!!」


「あ、ああ、そうだな。生きていると信じ、見つけださないといけぬな。そなたたちに期待させてもらおう」


 ジャスティンの、飾らない真っ直ぐな態度は、一発でアルアダ国王の信頼を掴んだようだ。

 もちろん英雄エルキュールの連れというのもあるだろうが、彼の人間性が大きく影響しているようにも思えた。


「それで、魔族側には何か動きはあったのかい? もし連れ去っているのなら、何かしらの目的があるだろうけど」

 エルキュールがアルアダ国王に尋ねた。


「それが、魔族側からの接触も、何か動いている気配も今のところはありません」


「あの、それでしたら、攻め込む前に一度魔族側に確認しませんか?」


 俺が口を挟むと、全員が一斉にこちらを向いた。

 何とか攻め込まない選択肢がないかと考えている俺にとって、ここは発言しないわけにいかないと思い、話を続けた。


「魔族が表立って動いてないのでしたら、何かの間違いかもしれませんので、正式に確認してみてはいかがでしょうか? あちらも30年も守られてきた協定を簡単に破るとも思えませんので」


「貴様、従者の分際で何を言っている!!」

 アルアダ国王が激高し怒鳴る。

「動いてない今こそ絶好の好機! 準備が出来てない今を逃せば、どれだけ後悔することになるか分かっているのか! それにこの30年間、一度たりとも魔族と会話なぞ成立しておらんのだ! やはり貴様は魔族と繋がっておるのか!!」


 アルアダ国王は、武器を持っているわけではないが、まるで斬りかかってくるような勢いで俺に向かって声を荒げた。


 ただ、その反応は当然だと俺も思っていた。

 人間からすれば、魔族とは一時的に戦争を止めているだけで、和平が結ばれたわけではない。

 ましてや自分の息子が殺されたかもしれないと思えば、魔族に対して憤慨するのは理解できる。

 そんな気持ちを逆撫でする結果になったとしても、俺は攻撃を反対する必要があると感じていた。


「アルアダ国王!!」

 俺がもう一度発言しようとすると、エルキュールが聞いたこともない強い口調で声を上げた。


「彼は従者でも、魔族に通じたりもしてなんかない! 彼はボクの友人だ!!」

 エルキュールは俺に対しての発言に怒っているようだった。


「エ、エルキュール様……?」


「アルアダ国王、言い過ぎだよ。彼は見た目があんなんだけど、中身は気のいい人間と同じさ。魔族嫌いのボクが言うんだ、信じてもらえるだろ?」


「エルキュール様がそこまでおっしゃるとは……。ハーフ魔族殿、たいへん失礼した」

 アルアダ国王は、頭を下げるわけではなかったが、俺に対して詫びの言葉を述べた。


「あ、いえ」


「ゲオっちも、アルアダ国王の気持ちは分かってるだろうから、許してあげてね」


「はい、もちろんです。俺も第三王子の救出に出来る限りのことはしますので」


 こうなると、もう魔族と話してみようとは言いづらくなり、俺はエルキュールにそう返すのが精一杯だった。

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