第92話 準備完了
アリシアと過ごすようになってからだいぶ経つが、今でもアリシアと目が合うと少したじろいでしまう。
この世のものとは思えない美しさを近くで見ると、俺でも平常心でいられなくなるのを感じるので、エルキュール達アリシア崇拝者の気持ちがよく理解できた。
「も、問題ですか?」
俺は取り繕うように聞き返した。
「はい。この世界で『領域展開』は、残りの古代竜2体、魔王、先代勇者、それぞれが使用している4つが存在しております。彼らの『領域展開』は一国家ほどの範囲で発動されていますが、私が使用すると、この世界すべてが効果範囲になります」
「つまり、被ってしまうってことですか?」
「被るというより、他はかき消してしまうと思われます。そのため彼らからすると敵対行為に感じるので、最悪、古代竜あたりはこちらへ攻め込んでくる可能性がございます」
「古代竜が……。それでも他に方法がないなら、アリシアさんに『領域展開』ってのを使ってもらうしかないのですが……。もし古代竜が2体同時に攻めてきても、アリシアさんなら勝てますか?」
「古代竜の2体程度、一撃で同時に葬って差し上げましょう」
アリシアは再び頭を下げて言った。
古代竜ではアリシアの相手にはならないようだ。
さすがだと言いたいところだが、あまり世界に影響を及ぼすことはしてほしくない。
「アリシアさん。もし古代竜が攻めてきても、殺さないで追い返してもらえますか? できれば説得して穏便に済ませてほしいんですが」
「畏まりました。ゲオ様の御心のままに」
アリシアは胸に手を置き、深く頭を下げた。
相変わらずアリシアの動作は、一つ一つが優雅で美しかった。
翌朝、アリシアには『領域展開』スキルを使用してもらった。
俺にはアリシアの慈愛の心が世界中に広がっていくように感じたが、他の者は誰も気づかないようだ。
『領域展開』のスキル取得条件がレベル150以上との話だったので、感じ取るのも同じ条件なのかもしれない。
「ゲオっち。準備はできたかい?」
一階に降りると、エルキュールが声を掛けてきた。
「あ、おはようございます。必要なものはだいたい入れてきました」
俺は持っているバックパックを見せた。
本当は、どんなアイテムもアイテムBOXに入れられるのだが、俺は基本的に使わないようにしている。
そんなものが使えることがバレて、いったい何者なのかと疑われるのも嫌だし、フェアじゃないというか、対等じゃないというか、出来れば皆と同じ条件でいたいと思っているのだ。
「ゲオっちは戦わないから、武器や防具が必要ないんだね。荷物が少なくて羨ましいよ」
「前から思ってたんだけどさ。おっさんは戦わないにしても、武器ぐらい持ったらどうなんだ? その見てくれなら、それだけでハッタリになると思うけどな」
ジャスティンが冗談交じりに言った。
「はは……考えておきます」
ジャスティンの言っていることは分かっていたが、俺は武器を持つ気はなかった。
戦っているふり作戦は、あくまで素手でしかできない。武器を持った状態で、間違えて攻撃してしまったら、どれだけ被害が出てしまうか。そう考えると武器を装備することはできないのだ。
「人の事を言う前に、お前はもっと上手く武器を使いこなす方が先だろう。振り回すだけならモンスターと変わらないぞ」
「なんだと! マテウスてめえ、もう一回言ってみろ!!」
出発の朝だというのに、ジャスティンとマテウスはいつもどおり賑やかだ。
こんな日常も、今日から少し離れることになる。
少し寂しいが、戦わない俺でも行く必要があると、今回は強く感じていた。
それから少しして、アルアダ王国の使者たちが迎えに来た。
「あんた達のことは心配してないが、無理するんじゃないよ」
ブレンダが見送り時にそう言った。
彼女は若い頃、きっとツンデレだったのではないかと、最近思うようになった。
「アリシアお姉さま、行ってまいります」
「はい。ゲオ様を頼みましたよ」
アリシアがメイベルの頭を撫でる。
幸せそうな表情のメイベルを横目に、エルキュールが羨ましそうな顔をしている。
「ジャスティン、マテウス、メイベルちゃん、ゲオおじさん、気をつけてね! 帰って来るまでに、ちゃんと魔法を勉強しておくから!」
ディーナが手を振っている。
彼女なりに目標が出来たからだろう。居残り組になっても、ディーナの笑顔に曇りが見られない。
それにしても、ディーナの名前を呼ぶ順番、俺が最後なのが気になった。なんだか小さなことでも切ない気持ちになる。これは子離れできない親の気持ちなんだろうか。
俺は変なヤキモチを焼いている自分に、自己嫌悪していた。
「ジャスティン、マテウス。今回の目的は魔族に攻め込むことじゃなくて、小隊を襲った犯人を見つけることだから、間違えないように。だよね、ゲオっち?」
エルキュールが釘を刺すように言った。
その通りだった。さすがエルキュールと言うべきか。我々が為すべきことを理解しているようだ。
「はい。本当に魔族が協定を破棄するつもりかまだ分かりません。シャーキーのように魔族1体が暴走しただけかもしれないですし、もう少し見極めていきたいと思います」
「ちぇっ、分かってるよ。俺だって魔族に恨みがあるわけじゃねえしさ」
「師匠の仰る通りです。斬るべき相手が誰か、見間違わないよう肝に銘じます」
必要以上に気負っていたと自覚したのか、ジャスティンとマテウスは少し恐縮したように見えた。
「それでは皆様、アルアダ王国へご案内いたします」
宮廷魔導士団団長はそう言うと『リターン』の魔法を唱えた。
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