第90話 使者

 事態は想像よりも早く加速していた。

 翌日、エルキュールの元にアルアダ王国から使者がやってきたのだ。魔族との戦いを支援してほしいと。


「魔族エリアに攻め込むなんて、本気で言っているのかい?」

 店内に通したアルアダ王国の使者に、エルキュールは座ったまま答えた。


「はい、エルキュール様。我が王国はシェミンガム王国軍とともに、大戦力をもって魔族を攻撃いたします。是非とも英雄エルキュール様のお力もお貸しください!」


 答えたのは三人の使者のうち、最も位が高そうな服装をしている男だった。

 純白のロープに家紋のような金の刺繍が見える。

 シェミンガム王国の王宮でも似たようなローブを見た覚えがあるので、彼はアルアダ王国の宮廷魔導士なのかもしれない。


「三十年も守られてきた協定を破ってでも、攻め込む理由はあるのかい? さすがに先代勇者も黙っちゃいないと思うけど」


「たしかに三十年前、先代勇者のお力により魔王と休戦協定までこぎつける事ができましたが、先に破棄するような真似をしたのは魔族側でございます。それに、今回全滅した小隊の中に、アルアダ王国第三王子がおられました」


「第三王子!? あのおチビくんか……」


「左様でございます。エルキュール様も王子が幼い頃にお会いになった覚えがおありかと」


「なるほど、それは残念だし悲しい話だね……。王家に被害が出てるから、王国としても引くに引けないってことなのは分かった。それでわざわざ宮廷魔導士団団長のキミが、自らボクを迎えに来たってことだね」


 俺は思わず使者のステータスに目をやると、宮廷魔導士団団長に相応しくレベルが45あることを確認した。

 一国の宮廷魔導士団団長がここまでやって来るなんて、アルアダ王国の本気具合が窺える。


「はい、仰る通りでございます。王国として誠意を見せるためと、『リターン』ですぐにでもお連れできるように」


「使者のおっさん。『リターン』の魔法ってのは何人も連れて行けるのか?」

 エルキュールの横で、立ったまま話を聞いていたジャスティンが話を挟んだ。


「君はハーフ魔族のジャスティン殿だね? 活躍は我が王国にも届いているよ。私の魔法は同時に十人まで運ぶことができる。上級魔族の侵攻を止めた君も、ぜひ力になってほしい!」


「よし、なら決まりだな! 兄ちゃん、昨日の話のとおり四人で行こうぜ! な、いいだろ?」


「う~ん……」

 エルキュールは即答せず、腕を組んで考え込んだ。


 それもそのはず、昨日の話より遥かに深刻なことになっている。

 状況を確認しに行くのと、魔族との戦いに参戦するのとでは、話が全然違うのだ。

 相手が相手だけに、ジャスティンやマテウスですら危険を伴うかもしれない。二人を巻き込むことに躊躇しているのだろう。


「メイベル、あなたも行ってきなさい」


 突然、予想だにしない人物から、予想だにしないセリフが聞こえてきた。

 店の端に立つアリシアだ。


「よ、よろしいのですか?」

 メイベルは、驚いた表情のまま隣の彼女を見上げた。


「ゲオ様が向かうつもりのご様子ですので、あなたも同行しなさい」

 アリシアは、俺がアルアダ王国に行くつもりでいるのを気がついているようだ。


「おおぉ! あなたはもしや聖女メイベル様! 聖女様もいらっしゃるなんて、これは願ってもないことです!!」

 宮廷魔導士団団長はメイベルの姿に気づくと、声を上げた。


「メイベルも来るのはありがてえ! 兄ちゃん、今度こそ決まりだよな?」


「メイベルちゃんも来るのか。それなら何とか……」


「よっしゃ! マテウス、メイベル、ゲオのおっさん、よろしくな!」

 ジャスティンは目を輝かせながら親指を立てた。


 アリシアと離れることになるのに、何故かメイベルは嫌そうな様子ではなかった。

 行き帰りともに魔法での移動のため、それほど長期間にならないからというのもあると思うが、どうも仲良くなったジャスティンとマテウスに同行するのが嬉しいようだ。


 なんだかんだ言っても、メイベルはまだ子供みたいなものだし、仲の良い友達と一緒に過ごしたいのだろう。

 ただ、普通の子供と違って、向かう先が魔族との戦場なのだが。


「では、ご同行いただけるのはエルキュール様含めて五人ですな。準備が整いましたらお声がけください」

 宮廷魔導士団団長が深く頭を下げた。


「待って! ディーナだけ置いて行かれるなんて嫌!!」

 少し離れたテーブルにいたディーナが、そう言って立ち上がった。


「ディーナ、あなた何を言っているの……」

 横にいたエリーナは、言って聞かせるようにディーナの服を掴みながら声を漏らした。


 最近のディーナの様子から、一緒に行きたがる思いはあるのだと分かっていたが、さすがに魔族との戦いなら黙っているだろうと思っていた。

 まさかここまでの話を聞いても行きたいと言うなんて、彼女の思いは周りが思っているよりも、ずっと強いのかもしれない。


「もちろんディーナが戦えるわけないけど、一緒に行って近くに居たいの!」


 ディーナの言葉に、周りは皆、どうしたものかと顔を見合わせた。

 彼女がどんなに本気であろうとも、連れて行くことはないと分かっている。


「ディーナちゃん、キミは戦いたいのかい?」


「戦いたいわけじゃないの。皆の役に立ちたいの!」

 エルキュールの問いに、ディーナは強く答えた。


 そこまでの思いがあるのなら、ジャスティン達と冒険に行くことを、いつか許してあげてもいいのかもしれない。

 だが、今はまだ早すぎるし、今回目指すのは危険な戦場だ。どう考えても答えは決まっていた。

 皆が躊躇しているのは、どう説得しようか、ということだった。


「それでは、皆さまが不在の間、私がディーナ様に魔法をお教えするのはいかがでしょうか?」


 また、誰も想像しなかったことをアリシアが口にした。

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