第89話 不穏な噂

 アルアダ王国の領土に魔族が現れた。


 そんな噂が町中に広まっていた。

 最初は、シェミンガム王国でのシャーキーのことが、今さら伝わってきたのかと思っていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 アルアダ王国の小隊が魔族に襲われ、全滅したという話だった。


「アルアダ王国って、シェミンガム王国の北にある国でしたよね?」

 俺は仕事から戻り噂の輪に入ると、アルアダ王国と縁が深そうなエルキュールに尋ねた。


「やっぱ魔族が関わる話だとゲオっちも気になる? そう、シェミンガムの北にあるのがアルアダ王国さ。魔族エリアと隣接する国だから、たびたび魔族と遭遇した話は出てたけど、被害が出たのはボクも初めて聞いたよ。でも噂が本当なら、話は大きくなるかもね」


「大きくですか?」


「うん、隣のシェミンガム王国はアルアダ王国と昔から交友があって、同盟を結んでいるから、アルアダ王国で魔族の被害が出たなんて聞いたら黙っていないだろうね」


「!? まさかシェミンガムが王国軍を動かすってことですか?」


「その可能性が十分あるってこと」


 それは確かに大きな話だ。

 もしそれで魔族側にも被害が出て、上級魔族以上が動いたら大変なことになるかもしれない。

 シャーキーの時はあくまでハーフ魔族のジャスティン個人狙いだったが、本気で人間を狙いだしたらどれだけの被害が出るか。


「それはちょっと気になる話ですね……」


「なあ、兄ちゃん、おっさん。それなら俺たちもアルアダ王国に行ってみねえか?」


「え!?」

 何となくジャスティンならそう言いそうな気はしていたが、本当に言ってくるとさすがに驚いた。

 遥か遠くの国の噂を聞いて、こうも素早く決断する者は少ないだろう。


「ジャスティン、キミならそう言うとは思ったけど、さすがにアルアダ王国は遠すぎるよ。馬車でも2か月近く掛かるから、今から向かったところでね。それにボクらには関係のない話だしさ」


「関係なくはないぜ! だって、兄ちゃんはアルアダ王国を救った英雄だろ? それに、俺の出身地でもあるしな」


「ジャスティン! キミはアルアダ王国出身だったのかい!?」

 思わずエルキュールが声を上げた。


 ジャスティンの身の上話は誰も聞いたことがなかった。

 父親が魔族で、しかも誰なのかも知らない。そんな事情もあり聞きづらかったのだが、まさかそんな遠くから来ていたとは。


「言わなかったっけ? 俺の村は魔族エリアとは反対側だから大丈夫だと思うけど、やっぱどうなるか気になるしな」


 そういうことなら話は変わってくる。

 ジャスティンからすれば、祖国が魔族と争いを起こそうとしている。しかも自分はハーフ魔族だ。

 傍観者に徹しているわけにもいかないだろう。


「行くなら、もちろん私も同行するぞ」

 マテウスも乗っかってきた。


「おお、マテウス、ありがとな。兄ちゃん、おっさん、四人で行こうぜ!」


「ん~、ジャスティンの言っていることも分かるけど……」


 エルキュールは悩んだ末、やはり今回は見送ることにした。

 『リターン』が使えるメイベルを連れて行くならともかく、そうでないなら往復四か月も掛かる。

 ちょっと時間が掛かり過ぎるので、少し様子を見ようということになった。


 メイベルがいなくても、今なら俺が『リターン』を使えば一瞬でクレシャスに戻ることが出来るが、辿り着くのに二か月掛かるのは変わらない。

 情勢がどうなっているかも分からないので、俺もエルキュールの意見に賛成した。




「やっぱ、あんただったか。こんな夜中にオレに用か?」


 その夜、それでも俺はアルアダ王国の話が気になり、コーバスのいる森に訪れていた。

 魔族の動向は魔族に直接聞いた方が早いと思ったのだ。


「アルアダ王国だって? たしかにあそこはローデヴェイク様の領地と隣接しちゃいるが、人間側と戦闘になったなんて聞いてねえぜ? いくらローデヴェイク様でも、魔王様の結んだ協定を破るなんて思えねえしな」


 魔王候補ローデヴェイク。

 よりにもよって好戦的なあいつの領地の隣とは。

 遠いからと言って様子見するつもりだったが、ここは何としても争いに発展しないようにする必要がありそうだ。


 ただ、コーバスの話を聞くかぎり、今回の件にローデヴェイクが絡んでいるようには思えない。

 シャーキーの時のように、どこかの魔族個人が先走っただけかもしれないな。


「ありがとうござます、参考になりました」


「いいってことよ、あんたとオレの仲だ! 聞きたいことがあれば、またいつでも寄ってくれよな!」


「はい、助かります」


「あ、そうそう。アルアダ王国に接している場所は、ローデヴェイク様配下でも最強の最上級魔族が治めてる地域だ。くれぐれも手出しするんじゃねえぞ!」

 コーバスはそう言い残して飛び立った。


 聞けば聞くほど危険な状況のようだ。

 二か月も掛けて行ってはいられない。ここは最悪、俺一人でもテレポートで早めに向かった方がいいかもしれない。

 俺は戦うことが出来ないので、ローデヴェイクが出てくる可能性も考えると、できればアリシアあたりを連れていきたいが。


 ますます切迫している状況を感じる中、俺は今後の動きをどうするべきか悩んでいた。


 どうでもいいことだが、去っていくコーバスのレベルを見ると34になっていた。

 今までは32だったので、この期間で2も上がったことになる。


 魔族がダンジョンに潜ってレベル上げをするとは思えない。成長と共にレベルも勝手に上がるのだろうか。

 そうなるとジャスティンのレベルアップの速さも納得できるな。


 俺はそんなことを考えながらクレシャスの町に戻った。

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