第88話 その後の経緯

 翌日、朝食時はソルズ教の話題で持ちきりだった。


「ソルズ教の奴ら、ぜってえ許せねえ!!」

 ジャスティンの怒りは収まる気配がない。


 それもそのはず。彼は十年もの間、ソルズ教の収容所に閉じ込められていたのだ。

 ソルズ教に対して普通の人以上に感情的になるのは仕方ない。


 だが、今回はジャスティン以外も心穏やかではなかった。

 メイベルが魔法を使わなかったら、疫病でどれだけの犠牲者が出たか分からない。

 とても許せる悪事じゃなかったのだ。


「このエスター共和国にあるソルズ教は、ジャスティンがほとんど潰したはずだから、まさかクレシャスの町に手を出してくるとは思わなかったね」


「ああ、エルキュールの兄ちゃんの言う通り、俺が潰して回ったのに、懲りねえやつらだ!」


「ソルズ教というのは、そんなに大きな宗教なんでしょうか?」

 俺は、誰にとはなく聞いてみると、エルキュールが詳しく教えてくれた。


「ああ、ゲオっちはそういうの疎かったね。ソルズ教はそんなに大きな教団じゃないと思うよ。世界で見れば5番目か6番目ってとこかな。ただ、聖地がどこにあるかも、教祖が誰なのかも知られていないんだよね。それでいて世界中の至る所に突然現れたりするみたいだし、謎が多い教団って言われてる」


「そうなんですか。不気味な奴らですね……」


「で、今回の件はどうなるんだい? 『赤蜘蛛』のメンバーは捕まり、依頼主がソルズ教ってことまで分かったんだろ?」

 ブレンダがエルキュールに尋ねた。


「はい、今回は証拠もあり真相がはっきりしていますので、領主様は共和国政府へ正式に被害を申告するようですね。共和国政府側も領土内で疫病を流行らせたことは重く受け止めるでしょうから、何らかの形で動くと思います。教祖が誰か分からないと言っても、国内にソルズ教の教会など関係する場所はあるはずなのでね」


「クッソー、どうせなら俺の手で壊滅してやりてえ!」

 ジャスティンは拳を掌に当て音を鳴らした。


 ジャスティンの気持ちは理解できたが、ソルズ教に乗り込むわけにもいかない。

 その代わり今後の経緯は追いかける必要があるだろう。

 皆も同じ思いなのが分かり、エルキュールは領主グレタから可能な限り行く末を聞き出し、皆に伝えることを約束してくれた。


 その後、クレシャスの町でソルズ教に関わる事件が起きることはなかった。

 俺も、直接被害が合うようなことがなければ、とりあえず自分からソルズ教に関わるつもりは消え失せていた。

 この居場所さえ守れれば、俺はそれでよかった。




「ねえ、ジャスティンってば!」

 ディーナがジャスティンを呼ぶ声が聞こえる。


 あれから元の平和で平穏な生活に戻っていた。

 相変わらず町の周辺にモンスターが現れることはあったが、エルキュール、ジャスティン、マテウスが手こずるような事はない。


 クレシャスはそれなりに大きな町でたくさんの種族が住んでいる。

 それもあり多少のいざこざぐらいならよくある話だが、暮らしを脅かすことは皆無だった。


「だって今日は、メイベルちゃんも一緒で三人なんでしょ?」

 部屋で一人まったり過ごしていると、ディーナの声が近づいているのに気づいた。


「いや、そうなんだけどさ……。だからってよ……。おっさん、何とか言ってくれよ!」


 突然、ノックもせずジャスティンとディーナが部屋に入ってきた。


「ど、どうしました?」

 急な訪問者に俺は驚いた。


「どうしたもこうしたも、ディーナが『悠久の地下迷宮』に一緒に行くって聞かねえんだよ……」


「だってエルキュールお兄ちゃんが不在なのに、マテウスとメイベルちゃんの三人だけで行くって言うんだもん! だったらディーナも一緒でいいじゃん! ゲオおじさんからも言ってよ!!」


「いや……だから……その……なんでしょ……」

 俺は思わず言葉が詰まった。


 最近のディーナは、母エリーナやブレンダにも反論するようになっていた。

 反抗期というより、もっと皆の役に立ちたいという、それほどの強い思いがあるからだった。


 周りの皆も、ディーナの気持ちが本気であることを感じていて、なかなか強く止めることもできないでいた。

 なんとなく遠回しに遠回しに引き留めてきたが、そろそろ限界が近くなってきているようだった。


「もういい! マテウスに頼んでくる!」


「お、おい! ちょっと待てよ!」

 ジャスティンは飛び出したディーナを追いかけた。


 二人が階段を駆け下りる音がする。

 少しするとディーナがマテウスにお願いする声が聞こえるが、きっぱりと拒否されたようだ。

 こういうとき冷静で客観的なマテウスは頼りになる。


 なんとか今回は諦めてくれたようだが、このままディーナを抑えておくのは難しいだろう。

 一人で勝手に飛び出す前に、どうにか彼女の力になってあげたいが、なにせレベル7しかない十三歳の少女だ。

 どう考えてもジャスティンたちと一緒に戦わせるわけにはいかなかった。


「せめて、少しずつでもレベル上げを手伝ってあげたいけど……」


 俺はディーナの両親トーニオとエリーナに、どこかで相談してみようと思うようになった。

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