第87話 依頼主

「急なんかじゃないの。ずっと思ってた! ディーナもアリシアお姉ちゃんやジャスティン達みたいに、皆の役に立つようになりたい! もっと色々出来るようになりたいって!!」


 エリーナとブレンダは、ディーナの強い言葉に目を合わせた。


 たしかにアリシア、エルキュール、ジャスティン、マテウスと、町を救う大活躍を見せているが、誰もが同じようになる必要はない。

 ディーナが強くなって、人々を救う必要は何一つないのだ。


 だが、本人はそうは思っていないのだろうか。

 仲良しのジャスティン達と肩を並べて、町の人々を救う活躍をしたいということだろうか。


「ディーナ、悪いが今のお前じゃ足手まといだ。それに、俺やマテウスは強くなるしか能が無いが、お前は他に出来ることはたくさんあるだろう! 強くなることは俺たちに任せて、お前はお前の出来ることをやればいいんだ」

 ジャスティンは優しくディーナの肩に手を置いた。

 俺の言いたいことを、代わりに全部言ってくれた感じだ。


「でも……」


「ディーナ、ジャスティン君の言っている通りよ。今のあなたがついて行っても出来ることはないわ。あなたの気持ちは分かったから、今は焦らないで。ね?」

 エリーナはディーナに近づくと、愛娘の髪をそっと撫でた。


「ママ……」

 ディーナはギュッとエリーナに抱きついた。


 ここのところ大人っぽい雰囲気のディーナだったが、久しぶりに甘えん坊の彼女の姿を思い出させてくれた。


「じゃ、ディーナの母ちゃん、ディーナを頼むぜ。俺たちは行ってくる」

 ジャスティンがそう言うと、エリーナは頷いた。


 空気を読んでか、ずっと黙っていたマテウスとメイベルは、その言葉を合図に店から出た。

 ディーナには悪いが、ここはどう考えても連れては行けない。

 俺もジャスティンに続いて店を出た。




『赤蜘蛛』の隠れ家に着くと、ジャスティンとマテウスの二人だけで、あっという間に制圧が完了した。

 俺とメイベルは建物の外で、何の出番もなく立っているうちに、五人とも紐で縛り上げてしまったようだ。


「おっさんが言うように、あいつらが疫病を流行らせたことは間違いなさそうだぜ。ばら撒かれてた魔物の臓器と同じもん、いくつか持ってたしな」

 建物から現れたジャスティンがそう言った。


「ただ、誰に頼まれたかは、さすがに口を割りませんね。私が拷問して吐かせてもいいですが、まずは領主殿に引き渡しましょうか」

 続いてマテウスも姿を見せた。


「二人ともお疲れ様です。俺とメイベルの出番はなかったですね。マテウスが言うようにグレタさんに引き渡して、後は任せましょう」


「は? 何言ってんだ、ゲオ! 金で雇われただけの『赤蜘蛛』を捕まえたって解決にはならねえだろ! 誰に依頼されたか聞き出さねえと、何の意味もねえ!!」

 メイベルが責めるように俺へ怒鳴った。


「ま、まあそうなんですけど、拷問するわけにもいかないですし……」


「はああ? おまえがいるんだから拷問の必要なんてねえだろ! 普通の人間なんて、おまえが脅すだけで何でも喋るはずだ! 行ってこい!!」

 メイベルが俺の足を蹴とばした。


 たしかに俺を見慣れてない人間が、俺に脅されたらかなりの恐怖だろうが、世界的な犯罪組織のメンバーが、その程度で話すとも思えないが。

 それとも口を割らせる能力やスキルが俺に備わっているってことだろうか。


 まあいい。ここはメイベルの話を信じ、試してみよう。


「わ、分かりました。ちょっと行ってきますね」


「おっさん、頼むぜ! おっさんなら大丈夫だ!!」


 何故かジャスティンに励まされながら、俺は建物の中に入っていった。



「バ、バケモノ!?」

 縛られている『赤蜘蛛』のメンバーの一人が、俺を見るなりそう叫んだ。


 五人の俺を見る目は、明らかに恐怖で曇っている。

 久しぶりの感覚だ。ここのところクレシャスで普通に暮らしていたので、自分の容姿がどういうものなのか忘れていた。


「ま、ま、待て! 来るな!? 頼む、食べないでくれ!!」

 俺が少しずつ近づいていくと、屈強な男たちの心が折れていくのを感じ取れる。


「お前たちは『赤蜘蛛』のメンバーか?」

 俺は縛られた五人の前まで来ると、凄みをきかせながら見下ろした。


「は、はい!」

 かろうじて一人が返事をした。


 他は必死に首を縦に振っている者もいれば、すでに白目をむいている者もいる。

 いくらなんでも怯えすぎだ。やはり外見だけじゃなく、俺に恐怖を感じる何か違う要素があるのかもしれない。


「『赤蜘蛛』は金さえ貰えば何でもやると聞いたが、誰に頼まれて疫病を流行らせた?」


「ソルズ教です!」

「ソルズ教に頼まれました!」

「ソルズ教の奴らが悪いんです!」

 われ先に正解を言おうとする子供の用に、『赤蜘蛛』の奴らから依頼者の名前が出てきた。


 またソルズ教か。

 異種族間の結婚を禁止している宗教と聞いていたが、他種族が住むクレシャスも認めないってことなのか。

 だとしても疫病を町に広めるなんてやり過ぎだ。

 収容所に人々を閉じ込めたり、農村を丸ごと呪いに掛けたり、まともな宗教じゃないことは間違いない。


 俺はソルズ教を、自分の生活を脅かす敵だと、感じるようになっていった。

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