第84話 疫病の流行

「おい、マテウス! いま食ったの俺のじゃねえか!」


「お前がモタモタしているから、私が代わりに食べてやったんだ。感謝するんだな」


「ふ、ふざけんな!」


 マテウスが来てから一か月、ジャスティンたち二人は毎朝のように喧嘩を始めるのが日常だった。

 二人ともレベル40を超える、この世界ではトップクラスの戦士だが、喧嘩の原因は幼稚なものばかりだ。


「二人ともいいかげんにして! 毎朝毎朝、よく飽きずに喧嘩できるよね! みんな迷惑してるんだから、たまには食事ぐらい大人しくしてよ!」


 ディーナが二人を叱りつける。

 ついこの間まで、あんなに子供っぽかったディーナが、まるで二人の姉のように振舞う姿は、なんだか心が和む。


「いや、待ってくれよ! 今のはどう見たって、俺のを勝手に食ったこいつが悪いんじゃねえか! ディーナだって見てただろ?」


「何度も言わせるな。ジャスティン、お前がノロマなだけだ」


「んだと、このやろう!」


「なんだ? やるのか?」


 ジャスティンとマテウスは立ち上がって睨み合う。


「もう……ジャスティン! マテウス!」

 ディーナは、もう一度二人を叱った。


 アリシアの前では大人しいメイベルは、三人のやりとりを我関せずといった表情で無視している。

 大人たちは皆、諦めの境地に至っており、師匠であるエルキュールは言葉通り頭を抱えていた。


 ただ、いつもいがみ合っている二人だったが、周りの者たちは皆分かっていた。


 マテウスは剣術の天才で、レベルだけでは表せない強さを持っている。ジャスティンはそれを認め尊敬していることを。

 そして、ジャスティンは強くなることに真っ直ぐで、極めて高い潜在能力を持っている。マテウスもそれを認め、決して見下してなんかいないことを。


 お互いが無意識に尊敬し合っていたが、それを隠すようにぶつかっているように見えていた。


「ところで皆さん、体調に異変はないですか?」

 全員の食事が終わるころ、ディーナの父トーニオが話を切り出した。


「やっぱり、疫病が広まっているのかい?」

 珍しくブレンダが心配そうな表情をした。


 実は、二週間ほど前から、クレシャスの町で疫病が流行りだしていた。

 領主グレタはすぐに調査を始めたが、まったく原因が掴めず、町の冒険者だけでなくバーナードの用心棒にも原因調査を依頼していた。

 そのためトーニオの仕事は、ここ何日かは疫病に罹った地域を確認することだったのだ。


「はい、北側のエリアはかなりの惨状になっているようです。この南側もだいぶ広まっていますが、なぜかここ周辺だけは疫病に罹る人がいないようで」


「そうかい。それは不幸中の幸いだけど、それも時間の問題だろうね。疫病の原因が分からない限り、拡大は止められないだろうよ」

 ブレンダはそう言って片づけを始めた。


「疫病なんて怖いわ……。あなた、気を付けてね」


「ああ、大丈夫だ。原因を見つけて、疫病拡大を防いでみせるよ」

 不安そうなディーナの母エリーナに、トーニオが答えた。


「疫病なんて弱いから罹るんだ。強ければ罹ることはない」


「マテウス、なんだよその言い方! まるで弱いことが悪いみたいじゃねえかよ! 弱いことは悪くねえ! もし弱いせいで困っていたら、強い奴が助ければいいだけだ!」


「そうか。弱いジャスティンには、弱い奴の気持ちがよく分かるってことだな」


「なんだと! 喧嘩売ってんのか!?」


 懲りずにジャスティンとマテウスは、言い合いながら食器を持って厨房部屋へ向かった。

 いちいち喧嘩の種にできる二人は、ある意味すごいのかもしれない。


 それにしても、疫病は思っていたより深刻なことになっているようだった。

 インフルエンザが流行っているようなものだと想像していたが、トーニオ達の話を聞くかぎり、俺の感覚がずれているのだと分かった。


「ゲオ、どうする?」


 唐突にメイベルが俺に話しかけてきた。

 いつのまにかテーブルには俺と彼女しか残っていないので、素の状態のメイベルだ。


「どうするとは?」


「このままだと、さすがに死者がでるかもしれないぜ。一旦治療しておこうか?」


「えっ!? メイベルなら疫病を治療できるんですか?」


「当たり前だろ! アタシを誰だと思ってんだ?」


 そうだった、聖女メイベルと言われるぐらいだ。

 魔法は怪我だけでなく、病気も治せるってことか。


「もしかして、さっき言っていた、この周辺で疫病に罹った人がいないのは、メイベルが魔法で防いでいるからですか?」


「は? おまえ本気で言ってんのか? そんなのアリシアお姉さまがいるからに決まってるだろうが! アリシアお姉さまの浄化スキルは、近くにいるだけで状態異常や疫病、呪いに罹らなくなるんだぜ。知らなかったのか?」


「そ、そうだったんですね……」


 アリシアはそんなスキルも持っているのか。

 彼女は存在しているだけで歴史を変えそうだ。


「もっとアリシアお姉さまの事を理解するんだな!」


「はい、努力します……」


「じゃあ、さっさと疫病を治療するぞ? いつでも出来るよう、お姉さまには触媒の『聖水晶の欠片』を渡されているからな」


 準備も万端か。

 完璧すぎて頭が上がらないな。


「キュアオール!!」


 メイベルが魔法を唱えると、癒しの光が町全体に広がっていくのを感じた。

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