第83話 ハーフ竜族のマテウス②

「あれ……ここは……?」

 メイベルの回復魔法を受けると、ジャスティンが意識を取り戻した。


「何をボケてるんだ。ここはおまえの部屋だろうが。もういいよな?」

 メイベルは突き放すように言い、部屋を出ていった。


 ハーフ竜族のマテウスに負け、意識を失ったジャスティンを俺が部屋まで運ぶと、メイベルが自分から回復魔法を掛けてくれたのだ。


「そうだ! ゲオのおっさん、あいつはどうした?」

 ジャスティンが急に起き上がった。


「ハーフ竜族の少年のことですか? 彼ならエルキュールさんと町の外に行きましたよ」


「は? エルキュールの兄ちゃんと? なんで兄ちゃんが出てくるんだ?」


「それが、彼はエルキュールさんと会うためにこの町へ来たようでした。伝説のハーフエルフの噂を聞きつけ、一度手合わせしたかったらしく」


「なんだって!? ガキのくせに兄ちゃんと戦おうなんざ、百年早えんだよ!」


 たしかにエルキュールには遠く及ばないだろうが、ハーフ竜族のマテウスにあっさり負けたお前が言うことではない。


「あ、下からエルキュールさんの声が聞こえますね。帰ってきたみたいです」


「行ってみる!」

 ジャスティンは、俺の言葉が終わらないうちにそう言うと、部屋を出て駆け下りていった。


 ジャスティンが生まれたのは30年前ということなのだが、まだまだ、わんぱくという言葉が似合っている少年だ。

 彼を見ていると、人間より寿命が長い種族は、実年齢ではなく見た目どおりの精神年齢なのだとよく分かる。


「やあゲオっち。ジャスティンを運んでくれたんだって? 手間かけたね」

 一階まで降りると、エルキュールが俺に気付いてそう言った。


 エルキュールは、怪我をしたどころか、汚れた様子もない。

 わざわざ町の外まで行ったので、かなり激しい戦いをしたのかと思ったが、さすがに実力差があったということだろうか。

 それにしては彼の表情が曇っているように見えた。


「いえ、たまたま近くにいたので。ところでハーフ竜族の少年はどうしたんですか?」


「それが……」


 喉の奥に何かが詰まったように、エルキュールは途中まで言い掛ける。

 彼の視線の先を見ると、ハーフ竜族のマテウスが立っていた。


「はじめまして、ハーフ竜族のマテウスです。あなたが師匠のご友人のゲオさんですね! これからよろしくお願いします!」


 マテウスは笑顔で近づいてくると、握手を求めてきた。

 近くで見ると、髪だけでなく瞳の色も水色で、幻想的な美しさを持った美少年だった。


「あ、ハーフ魔族のゲオです。師匠というのは?」

 俺も近づきながら尋ねた。


「今日からエルキュール様の弟子にしてもらうことになりました」


「ふざけんな! 俺は認めてねえからな!」

 近くにいたジャスティンが、ふてクサれた顔で声を出した。


「お前のような弱者が口を挟むことではない。黙っていろ」


「なんだと!!」


「ジャスティン! 何度言ったら分かるんだ! ケンカはしないように! マテウスも刺激するような言い方をしない」

 飛び掛かるような勢いのジャスティンを、エルキュールが制止した。


「……」

「申し訳ございません」


「というわけで、彼もボクが教えることになっちゃったんだよね。ゲオっち、よろしくね」


 どうやら、マテウスはエルキュールの強さに惚れ込み、弟子に志願してきたようだった。

 ジャスティンをあれほど簡単に倒したぐらいだ。腕にかなりの自信があったようだが、エルキュールにはまったく通用せず、彼の元で稽古をつけてもらおうというのだ。


「でもさ、おっさんだって迷惑だろ? 嫌なら追い出しちゃえよ」

 ジャスティンが俺を見て言った。


 迷惑? 何で俺が迷惑なんだ?

 俺が教えるわけじゃないし、エルキュールに弟子が増えようが、俺には関係ないのだが……。


「追い出すって……。あ、彼はどこに住むんでしょうか……?」

 嫌な予感がしてきた。


「もちろん、ブレンダさんの部屋に住むわけにはいかないしね」

 エルキュールが申し訳なさそうに俺を見る。

 マテウスも端整のとれた顔で俺を見る。


 この建物には部屋が四つあった。

 二階はブレンダの部屋と、アリシアとメイベルが住む部屋。

 三階はエルキュールとジャスティンが住む部屋と、俺の部屋。


 三人で住めるほど各部屋が広いわけではない。

 家主のブレンダと一緒に住むわけもない。


「マテウスさん、もしかしてここに住むんですか?」


「マテウスで構わないです。ゲオさん、よろしくお願いします」

 マテウスが改めて握手を求めてきた。


 さっきの挨拶はそういう意味だったか!

 何故か俺には選択肢がなく、諦めるしかないようだった。


「はい……こちらこそよろしくお願いします」


「ほら、あんたら、営業の邪魔をするなら出ておいき!」

 ブレンダが奥から顔を出した。


 ブレンダの店は相変わらずの大繁盛だった。

 ディーナ、アリシア、メイベルの接客と、ブレンダ、エリーナの料理を求め連日大行列だ。


 そんな賑やかなこの場所に、また一人、新しい仲間が加わった。

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