第80話 ただいま

「アリシアお姉さま!!」

 メイベルがアリシアに飛びついた。


「メイベルよ。よくぞゲオ様のお力になってくれました。頑張りましたね」

 アリシアは笑顔で彼女の頭を撫でた。


「なんて微笑ましい光景だ!」

「女神さまと天使さまだ!」

「おお、我らにもアリシア様のご加護を!」


 もともと人気者だったアリシアだが、今では崇拝の対象になっているようだ。


「アリシアちゃん、ただいまー!」


 エルキュールもメイベルの真似をして飛びつこうとするが、見えない何かにあたり跳ね返った。

 メイベルが結界を張ったようだ。彼女から強い殺気を感じる。


 エルキュールよ、今は二人に構わない方がいいぞ。じゃないとお前の身の安全は保障できそうにない。


「英雄アリシア様。本日もこの町を救ってくださり感謝いたします」

 領主のグレタが、アリシアに近づくと膝をついて言った。


「いえ。私は勤めをしただけでございます」

 アリシアは、日課をこなしただけとでも言うように、領主グレタに答えた。


 アリシアからすれば、モンスター退治なんて部屋の片づけと大差ないのだろうが、それにしても町の領主がこんな態度をとるとは。

 俺たちがいない間に何をやったのか。


 俺たちは領主に挨拶をすると、群衆の視線から逃げるようにブレンダの店へ向かった。



「なんだ、帰ったのかい」

 店に入ると、愛想もなくブレンダが言った。


「はい、ただいま帰りました」

「ブレンダさん、ただいま!」


「どうやら目的は果たしたみたいだね」

 ブレンダはジャスティンに視線を向ける。


「色々ありましたが、ジャスティンを連れてくることができました。ブレンダさんはお変わりないようで」


「ああ、あたしはね。ただ、エルキュールがいないもんだから、アリシアは大変だったがね」


「そういえば、アリシアさんに何かあったんですか?」

 俺は町の入口での出来事をブレンダに伝えた。



 ブレンダの話によると、最近のアリシアについて要約するとこうだった。


 俺たちが町を離れてから、町の周辺にモンスターが出現する機会が多くなっていた。最初の頃は町の冒険者で何とか撃退していたが、そのうち倒せないような強力なモンスターも現れた。

 そしてモンスターが町になだれ込もうとしたその時に、颯爽とアリシアが現れ町を救った。

 それからもアリシアは町を何度も救い、その強さと美しさから、町の人々から英雄とも女神とも言われるようになり、慕われるようになったようだ。


「アリシアさんがここを守っていてくれたんですね!」

 俺は感謝するようにアリシアに言った。


「はい、私の勤めですので」


 そうか。彼女は俺が、ここを守ってもらえないかと言ったことを、忠実にこなしてくれたのだ。

 守るために自分が戦う必要があると判断し、町を救ったのだ。


 俺の魔法で創り出した魔法生命体とはいえ、これほど信頼できる相手はいない。

 俺はアリシアを抱きしめたい気持ちになったが、そんなことをしたらどんな事になるか分かったものじゃない。

 メイベルとエルキュールを見ながら、込み上げる衝動を堪えた。


「ゲオおじさん、おかえり!」

 ふいに後ろから声を掛けられ、振り返った。


 何故か一瞬、誰だか分からなかった。


「ん? ゲオおじさん、どうしたの?」


「あ、いや、ディーナ、ただいま戻りました」


「うん! ゲオおじさんも、エルキュールお兄ちゃんも、元気で良かった!」

 癒されるような笑顔をディーナが向けてくれる。


 目の前に立っているハーフ獣人の少女は、見た目も声も間違いなくディーナだった。

 だが一瞬俺が戸惑ったのは、ずいぶん大人っぽく感じたからだ。

 久しぶりに会ったので、そう感じるだけだろうか。


「ディーナちゃん、ずいぶん大人っぽくなったね!」

 エルキュールがディーナにそう言った。

 どうやら彼も俺と同じように感じたようだ。


「お兄ちゃん何言ってるの? たった二か月でそんなわけないじゃん! ディーナは変わってないよ!」


「ええー、そうかなあ」


 ディーナはそう言うが、やはり俺にも大人っぽくなったように見える。

 彼女の一つ一つの振る舞いから、子供っぽさが無くなっていた。


「あんたも感じているようだね」

 ブレンダが俺に近づいて言った。


「はい。かなり大人っぽくなったように見えます」


「あの子は自覚がないみたいだけど、変わってきてるよ。10年以上も家族三人だけで暮らしてきて、ずっと守られるだけの存在だったから、精神的に幼かったのさ。それがここで暮らすようになって、色々な人と話すことで、年相応になってきたんだろうね」


 ディーナは元の世界で言えば中学一年生にあたる。

 半分獣人のせいで見た目はもう少し大人に見えるが、内面は中学一年生にしてはずいぶん幼かった。


 獣人なんてそんなものなのかと思っていたけど、ブレンダの言う通りなのだろう。

 自分を守ってくれる両親しかいない世界で生活していたので、精神的に成長する必要がなかったのだ。

 それが家族以外とも知り合い、お店の手伝いもして、社会の一員になることで急激に成長したのだと思う。


 ディーナの成長。

 今まで考えたこともなかったが、彼女の変化を目の当たりにして、俺は嬉しくて仕方なかった。


 この世界にやってきて、何の目的もなく、いつ帰るのかも分からない俺だが、少なくともディーナの成長をずっと見届けたい。

 俺はそう思うようになっていた。


「エルキュール様、ゲオさん、おかえりなさい!」

 ディーナの両親、トーニオとエリーナもやってきた。

 俺たちが戻ってきたのを聞いたのだろう。


「エルキュール兄ちゃん! おっちゃん! やっと戻ってきたのかよぉ!」

 近所に住む少年、ボビーも店に入ってきた。


 いつものメンバーが揃い、皆が俺たちを取り囲む。

 俺にとって大切な賑わいが戻ってきた。

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