第79話 帰還

「おお、マジ一瞬で移動したぜ!」

 クレシャスの町の入口に転移すると、ジャスティンが驚いたように言った。


「便利だよね! ただ、『テレポート』にしても『リターン』にしても、上級魔法だからレベル40以上ないと使えないけどね」

 エルキュールがジャスティンに説明した。


「40以上!? ってことはメイベルがレベル40以上ってことか!?」


「まあ、そうなるよね」


「とんでもねえおチビちゃんだな……」

 ジャスティンは小声で言ったが、メイベルが睨んでいるので聞こえていたのだろう。


「さ、さあ町に入りましょうか。ジャスティンは初めてなので、受付で住民章を受け取ってもらう必要があります」

 俺はメイベルが何か言う前に割って入った。



 クレシャスの町に入ると、俺は懐かしさに包まれた。

 二か月の間に何か変わったわけでもないだろうに、こうも俺の心が揺さぶられるとは、自分が思っていた以上にこの町の暮らしを気に入っているのかもしれない。


「へえ、活気があって良い町じゃん! ホントに亜人系が多いんだな!」

 ジャスティンは歩きながらキョロキョロと辺りを見回した。


「だよね! ここまで多人種の町はかなり珍しいよ。世界中を旅してきたけど、他では見たことがない。ゲオっちもそれでこの町に来たんだよね?」


「ええ、まあ。この見た目なので、受け入れてくれそうなところがなくて」


「なんだよおっさん。見た目とか種族とか、そんなの気にすんなよ! そういうの関係ねえだろ?」


「そ、そうですよね……」


 なんだこの清々しい少年は。

 ジャスティンに言われると、そのとおりだと思ってしまう。


「メイベルちゃんは何でこの町に来たんだい?」

 エルキュールはメイベルにも尋ねた。


「そんなこと決まってんだろ! アリシアお姉さまがいるからさ!」


「そ、そうだよね。ボクもこの町に来て彼女に出会えて幸せだよ! 元気にしてるかな?」


「当たり前だろ! アリシアお姉さまなんだから!」


 会話が成立しているのかしていないのか、よく分からない二人だ。


「それより、町の様子が少し変じゃないか?」

 メイベルは辺りが少し慌ただしいことに気づいた。


「たしかに。何かあったんですかね?」

 俺は、最上級魔族のベネディクテュスが訪れてきた時のことを思い出した。

 あの時の雰囲気に良く似ている。


「おい、町の入口付近にかなりの数のモンスターが現れたらしいぞ!」

「慌てるな! この町には世界最高の英雄がいらっしゃる!」

「そうだそうだ! あの御方がいる限り、この町は大丈夫だ!!」


 町行く人々の声が聞こえた。


「なあ。なんかモンスターが現れたって言ってるけど」

 ジャスティンは町の入口に向かって走っている人たちを指差した。


 俺はサッと地図を開くと、町の外に赤い点が大量にあることを確認した。

 ゴブリン程度ならいいが、それなりに強いモンスターだった場合は、町の冒険者では荷が重い。

 ここは伝説のハーフエルフの出番だろう。


「英雄とか言ってましたし、エルキュールさんを探しているんでしょうか」


「ゲオっちまでボクを英雄扱いしないでくれよ! でもモンスターが現れたって言うなら、ボクが行った方が良さそうだね! 帰って来たばかりなのに、さっそく頼られちゃうとは。ねえ?」


「え、ええ。人気者は大変ですね」


「でしょ!!」


 なんだか面倒くさいキャラに段々なってないか、エルキュール。


「あら! そちらはエルキュール様」

 ふいに声を掛けてきたのは、この町の領主グレタだった。


「やあ領主様。お久しぶりだね!」


「はい。町を離れていたと聞いてましたが、お戻りになられたんですね」


「うん、ついさっきね!」


「そうでしたか。それは良かったです。すみません、ちょっと急いでいるので私どもはこれで」


 領主グレタは、俺たちの前で歩く速度は落とさず、配下を引き連れてそのまま通り過ぎた。


「……」


 エルキュールが間の抜けた顔をしている。

 モンスター退治を依頼されるものだと待ち構えていたのだろう。


「と、とりあえず様子を見に行ってみましょうか」


「そ、そうだよ。兄ちゃんの力が必要になるかもしれねえし」


 俺とジャスティンは気を使ってそう言った。


「そ、そうしよっか。いちいちボクが戦う必要がないかもしれないけど、念のためね」


 エルキュールが落ち込んでいるように見えた。


 町の入口に戻ると、ずいぶん人だかりが出来ていた。

 危険なはずなのに、みんな見に来ているのだろうか。


「あんなモンスター程度あっという間だったぜ!」

「さすが英雄様だ!」

「何回見ても惚れ惚れするのお!」


 俺は再度地図を開くと、赤い点が一つもなくなっていることに気づいた。

 誰かがモンスターを全て退治したようだ。


「ボクの出番はなかったみたいだね……」


「に、兄ちゃんが出るまでもなかったってことさ!」


 エルキュール、魔王の息子に気を遣わせるなよ。


 ワアアアアアアアア!!!


 突然、大きな歓声が起こった。

 モンスターを退治した者が町に入ってきたようだ。


 その者が歩くと、民衆は左右に避け、拝むように膝をつく。

 こちらに気づいた様子のその姿に、エルキュールとメイベルは、この旅一番の笑顔を見せた。


「お帰りなさいませ、ゲオ様。お待ちしておりました」


 久しぶりに見たアリシアは、変わらず輝いていた。

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