第24話 同居

「一緒に?」

 俺はディーナが何を言っているか理解できなかった。


 いや、もちろん言葉の意味は分かる。

 おばさんというのは、あのカフェレストランのオーナーのことだろうし、俺もそこに一緒に住んでいい、と言ってるのだと。


 でも、そんなことありえるのか?


 こんな醜くて嫌われている俺を、本当に住まわせてくれるのだろうか。

 ディーナは住み込みで働いているが、どう考えても俺が店を手伝うことはできない。ならば俺が住んでいい理由がないように思える。


「ゲオおじさんは、仕事も住むとこも無くなったんでしょ? 可哀想って話をおばさんにしたら、一緒に住んでもいいって!」

 不思議そうな表情を俺がしていたせいか、ディーナがそう説明してくれた。


 どうやら俺の噂はディーナ達の耳にも入ったみたいだ。それに同情して、ディーナがオーナーに頼んだのかもしれない。

 カフェレストランのオーナー、厳しそうな女性だったが、最初から俺を怖がったりしなかった。


「本当に……、俺が行っていいんですか?」


「うん! 毎日覗かれるぐらいだったら、一緒に住んだ方がマシだって」


「はは……」

 毎回気づかれていたのか。

 でも、あのオーナーなら言いそうだ。


「町に来てから、おじさんとあんまり話せなかったし、ディーナも寂しかった。ね、一緒に住も?」


 ああ。なんだろう。彼女と話すと心が洗われるような気持ちになる。

 きっと、この世界でただ一人、俺を気遣ってくれる存在が、ディーナなんじゃないかと思う。


「俺なんかが一緒にいて大丈夫ですか?」


「何言ってんの、怒るよ、おじさん! 大丈夫に決まってるじゃん!」


「ありがとう……ございます……」


「じゃあ決まりだね! 行こ、おじさん!」


 ディーナが強く俺を引き、歩き出した。

 俺は彼女に導かれるように、クレシャスの町に戻った。



「ブレンダおばさん。おじさんを連れてきたよ!」

 ディーナは勢いよくカフェレストランの扉を開けた。


「はん、あんたホントに来たのかい」


「ど、どうも。お世話になってもいいんでしょうか……」


 店に入ると、オーナーが冷めた視線で迎えてくれた。さすがに歓迎しているわけではなさそうだ。

 店はすでに閉店しているようで、店内に客はなく綺麗に片づけられていた。


「あんたの話を知ってから、ディーナが心配で仕方ないようだったからね。ちょうど部屋も空いてるし、あたしは魔族だろうが何だろうが気にしないタチだから、ディーナの頼みを断る理由はないさ」


 やっぱりディーナが頼んでくれたようだが、そう簡単に俺を受け入れることはできないと思う。俺がこんな姿じゃなくても、わざわざ部屋を貸す理由がないはずだ。

 ディーナに対しての信頼が、彼女にここまで言わせるのだろう。


「そうでしたか。ありがとうございます」

 俺は、オーナーのブレンダと、ディーナの両方に頭を下げた。


「と言っても、部屋を貸すだけで仕事は自分で探しな。うちの店で働かせるわけにはいかないよ」


 そりゃそうだ。俺が店にいたら、営業妨害の何者でもない。

 それに、タダというわけにもいかない。働いて家賃を払えるぐらいにはなりたい。


「はい、分かりました」


 部屋を提供してくれるだけで、どれだけ有り難いか。

 俺の身体は外で寝て風邪をひくようなことはないし、どんなモンスターに襲われようと傷一つつくこともない。


 それでも人々が住む町の中に居たいし、屋根のある部屋で寝たい。中身は普通の人間なので、人間らしい営みを、俺は求めているのだ。


「あんたは三階の部屋を使いな。食事は、あたしらと同じ時間に合わせられるなら三食準備してやるよ」


「食事まで? すみません、気を使わせて。でしたら、朝食だけもらえますか? お店が開店する前には出かけますので」


 俺は一食だけいただくことにした。

 出かけても仕事を見つけるまでやることはないが、部屋にいても同じなので、店に迷惑にならないよう、閉店時間になるまでは戻らないようにしようと思う。


「朝食だけ? あんたがそう言うならそれでもいいが」

 ブレンダは少し怪訝そうな顔をしている。


「ゲオおじさんは、あんまり食べないもんね」

 ディーナと旅をしている間、俺は朝ぐらいしか食べてなかったのを覚えているのだろう。


「その身体でかい? ますます変な魔族だね。まあいい、明日からは朝だけ三人分作るから、寝坊せずに降りてくるんだよ」


「ゲオおじさん、良かったね!」


「はい。ディーナも、ブレンダさんも、よろしくお願いします」


 俺は新しい居場所を手に入れた。

 明日からは異世界生活の再スタートだ。

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