第25話 新生活

 翌朝、いつものように俺は朝陽が昇ると同時に目が覚めた。

 耳に集中して、ディーナもブレンダもまだ寝静まっているのを確認する。


 一階に降りるのは少し待つことにした。

 早く降りて起こしてしまっては申し訳ない。ただ、遅すぎると店の準備の邪魔になるかもしれないので、タイミングをみて降りることにしようと思う。


 この空いた時間は、スキルウィンドウの確認に充てることにする。

 ほとんどが使うには危うそうなものばかりだが、時間をかけて探せば掘り出し物があるかもしれない。


 少しすると二人とも起き出した。

 ディーナは洗濯を、ブレンダは食事の支度を始めたようだ。


 さすがに何もしないで食事だけもらうわけにもいかない。

 元の世界にいた頃は、何一つ家事をやってこなかったが、俺はできることはないかと、降りて厨房へ向かうことにした。


「ブレンダさん、おはようございます。何か手伝えることはありますか?」


「なんだい、ハーフ魔族ってのは朝に強いのかい。意外だね」

 別に意外には思ってなさそうに、ブレンダは無表情で言った。


「あ、ゲオおじさん、おはよう!」

 ディーナが厨房に顔を出した。


 朝から元気なディーナを見ると、こっちまで元気になる。

 客もこんな気持ちになっているのかもしれないな。


「そんなデカい身体でウロチョロされると邪魔で仕方ないよ。壊されたりしても困るし、座って待ってな」


 ブレンダの意見には一理ある。

 ただ、憎まれ口を叩くが、こんなにディーナが懐いているのを見ると、本当は優しい人なんじゃないかと、俺は思っている。


 ま、何かできるわけでもなさそうなので、俺は黙ってテーブルに着いた。


 そういえば、この世界に来て料理を食べるのは初めてだ。この町に来てから何も食べてないし、それまでは果実をそのままかじっただけだった。

 異世界なので、まったく知らない食べ物が出てくるかもしれないが、今の俺は好き嫌いなどなさそうな気がする。


「おじさん、お待たせー」


 ディーナが料理を運んできた。

 パンと具の詰まったスープ。どうやら食文化は俺の知識の範囲内だったようだ。


「魔族の食べるものなんて分からないから、あたしらと同じにさせてもらうよ」

 ブレンダが厨房から出てきた。


「はい、食べるものは皆さんと同じみたいです」


「そうかい、ならいいけど。ほら、冷めないうちに食べな。ディーナもね」


「はーいっ、いただきます!」


 二人が食べ始めるのを確認して、俺もスープを一口飲んだ。


「美味しい!」

 思わず声に出た。


 お世辞ではなく本当に美味かった。豆や野菜を煮込んだスープのようで、元の世界で出しても十分通用する味だ。

 美味しいと思うものは、どの世界であろうとあまり変わらないのかもしれない。


「美味しいでしょー。おばさんは何作っても美味しいんだよ!」

 ディーナが自分のことのように自慢してくる。


「ふん、これでもプロだからね。で、あんたはこれからどうするんだい?」

 ブレンダは話題を変えてきた。


「仕事を探そうと思ってます。見た目が関係のない仕事もあるんじゃないかと……」


「おじさんはここで働かないの?」


「え? いや、ここでは働かないです」

 というか働くわけにはいかない。迷惑かかるし。

 ディーナはきっと冗談のつもりなんかじゃないな。無邪気って恐ろしい……。


「そっか、残念」

 ディーナが残念そうな顔をする。

 俺のためにそんな表情をしてくれるのは、この世界でディーナだけだろう。


「あんた、本気で仕事を探すつもりなら、ヴェンデルんとこ行ってみるかい?」


「ヴェンデル? さん、ですか?」


「ああ、あいつはドワーフで、魔族だからって怯むこともないし、力仕事ができるやつを探してたからね。あんた、力はあるんだろ?」


「ええ、まあ」

 たぶん世界一です。


「じゃあ、場所を教えてあげるから、後で行ってみるんだね」


「分かりました! ありがとうございます!」


 なんだ、急に仕事が見つかりそうな雰囲気になってきた。

 やっぱりこういうのは、コネとかの方が大事なんだな。


 俺は元の世界でも人間関係を上手く作れてなかったのを思い出した。嫌われていたってことはないと思うが、仲間というものを作れた覚えもない。

 バイトをする上では問題なかったが、周りとは冷めた関係というか、ちょっと距離を置いていた関係だった。


 もしかしたら、こっちの世界の方が良い人間関係作れたりして。

 いや……、それはないな……。



 俺は食事を終えると、いつもの受付の男に顔を出し、いつもの言葉を聞いてから、ブレンダに紹介されたヴェンデルというドワーフに会いに行った。


 ブレンダに言われた場所は町外れにある採石場のようで、屈強な男たちがツルハシで大きな石を砕き、運び出している。


「すみません、ヴェンデルさんって方はいますか?」

 待機場所のようなところに、ドワーフが何人かいたので、俺は声を掛けた。


「ん? なんじゃ、おぬし。まさか噂になった半魔族か? ヴェンデルはワシじゃが」

 中心にいたドワーフが返事をした。たしかに俺の姿を見ても気にしてない様子だ。


「はん? ……ああ、半魔族。はい、そうです。ブレンダさんに紹介されてきました」


「ブ、ブレンダじゃとぉ!! そ、それでブレンダに、な、何を紹介されたんじゃ!?」


 魔族には怯まないが、ブレンダには思いっきり怯んでるようですが……。


「えっと、力仕事ができる人を探しているって聞きまして。こんな姿でも雇ってもらえないかと」


「ん? 仕事? なんじゃ、そういうことか、ビビらせおって」


 ヴェンデルは物凄いホッとしているようだ。

 なんだろう、ブレンダは怒らせない方がいい気がしてきた。気を付けることにしよう。


「はい。ヴェンデルさんのとこなら、俺でも仕事があるかもと教えてもらいました」


「なるほどのぉ。おぬし、あの石は持ち上げられるか?」


 ヴェンデルは近くにあった大きな石を指差した。

 百キロはありそうで、普通の人間なら持ち上げるのはまず無理だろう。力のあるドワーフ族なら皆持ち上げられるのだろうか。


 俺ならたぶん片手で、下手したら指一本で持てそうな気がするが、一応両手を使って重そうな演技はしてみることにした。


「えっと……、こうですかね」

 やはりあっさり石を持ち上げることができた。

 ほとんど重さは感じず、発泡スチロールの塊でも持っているような感覚だ。


「ほっほっ。やりおるの。よし、明日の朝から来てくれ」


「え? 雇ってもらえるんですか?」


「おお、それが持てれば十分じゃ」


 やる気とか聞かないの? 御社を選んだ理由とかは?

 ずいぶん簡単に採用されてしまった。ま、いっか。


「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 俺はヴェンデルに頭を下げた。


「お礼はブレンダに言うんじゃな」

 ヴェンデルはそう言って、待機場所に戻っていった。

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