第23話 何もない日常

 すでに有名人だったこともあり、ハーフ魔族が弱いという噂は、あっという間に町中へ広まったようだ。

 強いと思われようが弱いと思われようが、俺にはどうでもよかったが、おかげで用心棒の仕事は他でも見つけることができなくなった。

 戦えない者を用心棒にするやつなんているわけがない。


 俺はクビになって以降、また町の外で寝泊りをする暮らしに戻っていた。

 今なら大広場に居ても、何か言われることはないかもしれないが、それは気が進まなかった。

 ただ、クレシャスから離れる気にはならないので、毎日受付の男に会いに行き、何か仕事がないかと訊いていた。


「ゲオさん、今日もいい仕事はなさそうです、すみません」


 聞き飽きた言葉を、今日も受付の男は申し訳なさそうに言ってくる。

 弱いと認知された俺は怖がられることはなくなったのだが、好かれるようになったわけではないので、仕事が見つけにくいことには変わりなかった。


「そうですか……」

「でも、僕は諦めませんからね。きっとゲオさんの仕事を見つけてみせます!」


 真面目な彼は、張り切って言う。


「ありがとうございます。ではまた明日来ます」


 俺はそう言い残して、今日もあてもなく町中を歩き回った。


 町では相変わらず目立っているが、前ほど気に留められていないのは感じ取れる。それもあって平気で町を歩くことができるようになった。

 さすがに話しかけると露骨に嫌な顔はされるも、非難されることはないので少し気が楽だ。


 何にもやることがない俺だが、たった一つ日課がある。

 ディーナの仕事ぶりを、毎日少しだけ覗かせてもらっている。


 道の反対から店の中を見ると、笑顔のディーナが見えた。

 ここへ来てからディーナの寂しそうな表情を見たことがない。いつも客に囲まれ、楽しそうに働いている。


 彼女の事情を知っている俺は、たくさんの人たちと話せることが嬉しいのだと、よく分かる。

 今の暮らしに少しずつ慣れ、少しずつクレシャスの町の一員になっていくディーナを見ると、俺まで嬉しくなる。


 ただ、それと反比例するように、寂しさも日増しに強くなっていた。


 ディーナと一緒にクレシャスの町へやってきたが、彼女だけが前に進み、自分だけが取り残されている錯覚に陥る。

 仕事に就けず収入がなくても、何も食べないで平気な俺は、困ることはない。いくら歩き回っても疲れないし、空腹にもならない。


 じゃあ何のために、俺はここにいるんだ?


 何もやることがないし、やりたいこともない。誰かに必要とされているわけでもないし、何なら皆に嫌われている。

 ディーナとは大きな隔たりを感じる。


 動物たちがいる大森林に戻ろうかな。


 そういう気持ちが強くもなってきているが、あと少しだけ、あと少しだけ、とディーナを見守る思いが、何とか俺を足止めしていた。


 それでも今日は、いつもより気持ちが落ち込んでいた。

 そろそろ限界なのかもしれない。


 俺は日課だけこなすと、明るいうちに町の外の寝床に戻った。そして、大きな岩に寄りかかり、地面をジッと見つめながら物思いにふける。


 このままここに居てもいいのだろうか。

 何もしないのなら、何しにこの世界に来たのだろうか。


 せっかく異世界に来たのだから、何かしないといけない。

 いつ元の世界に戻れるか分からないし、戻れるまでは異世界生活を楽しもう。

 そういう思いだけは漠然と持っていた。


 だからと言って、どうしていいか分からず困っている。

 せめてもう少し弱ければ、せめてもう少し嫌われてなければ、どうにかなったんじゃないかと思うのだが。



 俺は、瞬きもせずそのまま長い時間考え事をしていたが、ふと視界に入るものに気づいた。


 誰かが俺の前に立っているようで、二本の足が見える。

 そういえば、一か月ほど前にも、まったく同じ光景を見た覚えがある。


 俺は見上げると、そこには獣人と人間のハーフ、ディーナが立っていた。


「ディーナ?」


 予想外だった。

 彼女は俺がここにいることは知らないはずだ。知っていたとしても、ここに来る理由もないはず。


 それでも俺は、その突然の出来事が嬉しかった。ずっと窓越しで見ていたディーナが、久しぶりに目の前にいる。

 思わず抱きしめたくなる気持ちを、グッと抑えた。


「ゲオおじさん、あのね」

 ディーナが俺の手を引っ張り、


「おばさんが、一緒に住んでもいいって!」

 と笑顔を見せた。

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