第22話 存在意義
俺が言うのもなんだが、ゴブリンの大群は気色悪かった。
猫や犬など、可愛いものが大量にいると可愛さが増すのだが、ゴブリンのように醜いモンスターが大量にいると、醜さが増すだけだった。
「あいつら、だいぶ街道に近づいてきてたな。被害が出る前に退治できそうで良かったぜ」
冒険者のリーダーと思われる男は、そう言って剣を抜いた。
「おまえら。せっかく協力するんだ、一人十匹は倒せよ!」
チャドが用心棒たちに喝を入れるように言った。
それから、冒険者のリーダーの合図をもって戦闘が始まった。
作戦なんて何もない。
数が多いとは言え、最弱クラスのモンスター相手だ、がむしゃらに退治していくだけだった。
俺以外の奴らは、雄たけびをあげゴブリンに突撃をする。
俺はというと、戦っている気分にならないよう、冷静に歩いてゴブリン達へ近づいて行った。
ゴブリンのレベルは7~8。
こちらは、チャドが頭一つ抜けているが、他もほぼレベル20前後。
苦戦することもなく、勝利は時間の問題でしかないだろう。
俺が戦場に着いた時には、すでにゴブリンの数が半分近くまで減っていたが、それでも三桁の数は残っている。
その中で俺に気づいたゴブリンの一匹が、向かってきた。
「ギエェェェェ!」
なんとも陳腐な声を上げながら攻撃してくる。当然、痛くも痒くもない。
俺は練習してきたとおり、殴ったふりをしながらゴブリンを叩く。
ゴブリンは俺に押されたように後ろに下がるが、何のダメージも受けてないので再び向かってくる。
俺は再度、ゴブリンを叩く。
攻撃ではないのでダメージを与えないが、さすがに力があるせいか、拳が当たるとゴブリンは後ろに吹き飛ばされるように下がる。
小動物と遊んでいるように、ゴブリンは少し吹き飛んでは向かって、吹き飛んでは向かってきた。
俺がゴブリンと戯れていると、その間に他のメンバーがゴブリンをみるみる減らしていった。
そして、余裕のできた冒険者が、俺のことに気づき始めた。
「お、おい、あれ。ゴブリンと互角じゃないか?」
「どうなってんだ? ゴブリンなんかに手間取ってるようだが」
少しずつ戦闘が終わり、皆が俺を注目し始めた。
「まさかゴブリン一匹倒せないんじゃ」
「もしかして弱いんじゃねえの?」
どうやら、ゴブリン一匹に苦戦しているように見えるらしい。
「ゲオォッ! 何やってんだ! 遊んでないでさっさと倒せ!!」
チャドが物凄い剣幕で怒鳴った。
ん? あれ? 俺、どうすればいいんだ?
俺はこれ以上何もできないことに気付いた。
本当に攻撃するわけにはいかない。だから、攻撃しているようで物を叩いているだけの、戦っているふりを覚えた。
俺にできる、この続きはない。
ただ、マンティコアのときのように、ゴブリンが攻撃に疲れるのを待つだけだ。
「す、すみません、倒せません……」
「なんだとぉ!」
チャドは怒りの形相で駆け寄り、ゴブリンを叩き斬った。
一緒に俺も斬るのではないかという勢いだった。
「おい、マジでゴブリンも倒せないのかよ」
「レベル一桁の一般人並みじゃねえか」
「ハーフ魔族って、見た目だけ魔族なんじゃね」
周りの空気が変わった気がした。
チャドが厳しい視線で俺を睨んでいる。
冒険者たちは先ほどまでと違い恐怖は無く、失望や軽蔑が混ざったような視線だ。
なんだろう。
彼らとの距離が変わったわけではないのに、胸が痛い気がする。
「ゲオ、てめえレベル10てのも嘘だったのか?」
チャドが剣先を俺に向けた。
町へ戻るころには、空は夕焼け色に染まっていた。
ゴブリンを退治するために集まったメンバーは解散したが、俺はチャドに連れられ、カシラの前に通された。
そこで俺は、用心棒をクビになった。
俺の用心棒での役割は、戦うことではなく、ただ存在するだけだった。
恐ろしい上級魔族のハーフが後ろに控えている、そう思わせることでバーナードの商売の幅を広げることに貢献していた。
そのため戦えないとバレてしまった俺が、用済みになるのも理解できる。このまま用心棒でいたところで、俺にできることは何一つ思いつかない。
何の反論もせず、俺はクビを受け入れると、バーナード邸の敷地を後にした。
職を失い、住むところも失った。
無職になるのは慣れていた。
38歳になるまで、ずっと同じバイトを続けたわけではなく、長く続いても一つのバイトでは三年程度だ。
バイトは何度も変えているし、次のバイトを見つけるのに時間が掛かり、無職だった時期も結構あった。
そういう意味ではいつも通りだったのだが、まさかこの世界に来てまで同じようなことになるとは思っていなかった。
それに、バイトを辞めるときはいつも自分から辞めていて、クビになったことはない。
たしかに俺は、努力はしないし、我慢もできず、仕事のやる気をすぐなくしていた。
だからと言って悪いことはしないし、バイト先に迷惑が掛からないよう気も使っていたので、辞めてくれなんて言われなかった。
クビにされたのは今回が初めてだ。
バーナードを警護する義理もないし、忠誠心があるわけでもない。
用心棒という仕事にプライドがあったわけでもないし、何のやりがいも感じなかった。
そのはずなのに、クビになったのはショックだった。
自分から辞めてもいいと感じていたはずなのに、相手から先に必要ないと言われると、思ったより落ち込んだ。
自分でも想定外だ。
今さらながら、俺は強烈な疎外感を味わいながら、夜の街を歩いた。
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