第21話 警護以外の仕事

 いろいろ試してみたところ、攻撃のログが出ないように工夫すると、何も起こらず相手に触れられることが分かった。

 最初は何度か失敗し、隕石の雨でも降ったかのように大地を削ってしまったが、慣れるとどうってことはない。


 テーブルを叩くつもりで相手を叩けば、周りに被害を及ぼさずに、まるで戦闘しているように見せられる。

 これで俺は、何もしないハーフ魔族ではなくなった。


 仕組みが分かったことで、何だか肩の荷が降りたような気分になった。

 いつも自分の力が怖くて気疲れしていたが、力が暴走して町を壊すようなことはなさそうだ。


 俺は安心して、その日は部屋に戻った。



 翌日からも退屈な用心棒の仕事は続いた。

 相変わらずバーナードの交渉の場に同席するだけ。


 用心棒なんて、警察や消防と同じで暇な方がいいのかもしれないが、一生懸命に働いているディーナとどうしても比べてしまう。

 巷で人気者のウェイトレスと、ただ立っているだけの俺。


 俺に出来ることはもっとないのか、そろそろ考える時期なんじゃないかと思い始めていた。

 そんなとき、バーナードの用心棒組に変わった仕事が舞い込んできた。


「ゴブリン退治ですか?」

 俺はチャドの説明を聞き返した。


「そうだ。この町の周辺でゴブリンが大量発生したらしく、町の冒険者たちと協力して駆除することになった」


 ゴブリン。RPGの世界ではスライムにつぐ雑魚モンスターの代表。

 冒険者って単語も、ファンタジーの世界観が抜群でちょっと楽しくなった。


「そんな慈善活動みたいなこともするんですね」


「慈善活動? 魔族が混ざってるくせに面白い表現をするんだな。そうだ。バーナードさんはホレスやダグラスのような裏社会の奴らと取引することもあるが、正規の商人だからな。領主様や町の人たちと上手くやっていく必要もある」


 チャドの話では、こういう町からの頼まれ事も、稀にこなしているそうだ。


「レベル10のお前でも、ゴブリン程度なら倒せるだろうからな。それに、レベルが上がったら本当に強くなるかもしれないから、バーナードさんが連れて行けとの命令だ」


 なるほど、たしかスライムがレベル5だったから、ゴブリンもそのぐらいだろう。

 それで俺にも仕事が回ってきたってわけだ。


「了解しました」


「武器はその辺にあるのを持っていけ」


「武器? いえ、俺は素手で大丈夫です」


 武器なんて持ったら大変なことになりかねない。『戦闘しているフリ』作戦は素手じゃないと出来ないだろうし。


「そうか、そういうところはさすが魔族ってとこか。まあ任せる」

 チャドはそういうと、他のメンバーにも声を掛け、早速ゴブリン退治に出発した。



 俺は自然と気持ちが高ぶった。

 いつもと違う仕事に、冒険者とゴブリン退治。それだけでも楽しみだったが、ついに戦うふりをする場面が来たかもしれない。

 俺にできることが、今日は少し見えるかもしれないと、感じていた。


「ゲオさん、物凄く怖い顔をされてますが、何かありました?」


 横を歩くフランクが声を掛けてきた。


「え? いや、べつに」


「そうですか、ならいいんですが。ゲオさん今、この世のものとは思えないような残忍な表情をされていたので、モンスターを殺害するのが楽しみでしょうがないのかと……」


 ただ嬉しそうな顔をしていただけのはずなんだが、それほど残忍な表情になっていたのか。

 今度から表情も気をつけないとならないな……。


「そんなわけないですよ」


 俺はニコッと作り笑いをフランクに向けたが、フランクの反応を見ると、よっぽど不気味な表情をしたようだ。

 俺が普通にコミュニケーションをするには、まだ時間が掛かるかもしれない。



「チャドさん、用心棒のみなさん、ご協力感謝します。ゴブリンの大群は町の南東方向になりますので」


 町の入り口で待ち合わせをしていた、冒険者たちが声を掛けてきた。

 地図で確かめると、たしかにクレシャスの南東に赤い点が無数にある。これほど人間エリアに赤い点が近づくのは、特異なことなのだろう。


「その方が噂の魔族のハーフですね。なるほど、心強いかぎりです」


 冒険者の一人が俺を見ながらそう言ったが、表情を見ると歓迎しているようには思えない。初めて俺を見た奴らと同じように、恐怖と拒絶が混ざった視線だ。


「ええ、彼はハーフ魔族のゲオです。周りにいると危険なので、今日は手加減して戦ってもらいますが、念のため戦闘中は近寄らないようにお願いします」


 チャドが冒険者に説明した。ある意味間違ってはいない。


「そ、そうですか、他のみんなに伝えておきます……」


 冒険者は横目で俺を見ているが、視線を合わせようとしてないのはよく分かる。



 それから俺たちは、ゴブリンの群れを目指し出発した。

 集まったメンバーは、用心棒が十名、冒険者を合わせると総勢五十名近くいる。

 地図上の赤い点は数百あるように見えるが、これだけ揃えれば問題なく退治できるだろう。


 久しぶりの集団行動に、俺は学生時代の遠足や社会科見学のような気分になっていた。

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