第19話 噂の用心棒

 夜襲から一週間も経つと、町中に広がった噂の俺を確認するため、バーナードを訪れる客が後を絶たなくなっていた。


「バーナードさん。彼が話題のハーフ魔族ってやつですな」


 来客をバーナードの横で迎えるのは何人目だろうか。どいつもこいつも挨拶と称して、俺を品定めに来ていることが明白で、少しうんざりしてきた。

 バーナードも、俺を見せるために同席させている。


 ダグラスもそうだったが、バーナードの交渉相手は健全な取引をするような輩には見えないやつが多い。

 今度の来客も、ガラの悪い獣人を二人従え、つくり笑いが薄気味悪い男だった。


「ホレスさんが直接来るとは珍しい。いつも伝言で済ませているあなたが」

 バーナードは少し悪意を込めて言っているようだが、


「いえね、魔族のハーフなんて本当にいるものか、この目で確かめたいと思いまして」

 ホレスと呼ばれた男は、平然と言い返す。


「はっは、そうでしたか! 彼はうちの新入りで、正真正銘の上級魔族のハーフですよ。私も驚いてます」


「上級魔族ねえ」

 ホレスは恐ろしく冷たい目で俺を見る。

 彼は魔族に恨みでもあるのか、俺に対して恐怖より敵意が勝っているように見える。


「見た目や強さだけが魔族で、これでも中身は人間っぽいところもありまして。な?」


「はい」

 バーナードが視線を送ってきたので、俺は頭を下げた。


「なるほど。ただの魔族ではないようだ。バーナードさん、今日は面白いものを見せてもらいました。これ以上長居は失礼ですので、私はこれで」


「そうですか、またいらしてください」


 ホレスは立ち上がると、警護の二人を引き連れ退室していった。

 俺が覚えている限り、バーナードが握手を交わさない来客は初めてだ。


「ゲオ、今のはこの辺の元締めをやっているホレスだ。この前のダグラスは、奴の手下でしかない」


 元締めとか手下とか、ヤクザやマフィアのような表現だな。


 ただ、俺はバーナードが言っていることに信ぴょう性は感じていた。

 連れていた獣人の二人はともにレベル31。この町に来てから見た中では、もっとも高いレベルだ。それだけの警護を従える人物なのだろうとは思った。


「よし、来客はこれで終わりだ。まだ明るいが、今日は帰っていいぞ」


「はい、お疲れさまでした」


 俺はバーナードにそう言うと、見世物から解放された。


 この町は、この前のように平気で夜襲が行われる。

 寛容で平和な町のように見えるが、バーナードのような商人ですら、戦力を持たないと生き抜いていけない。


 戦力が全てとまでは言わないが、商才だけで戦える場所ではないようだ。

 そのため、俺のような用心棒が噂になると、慌ててライバルたちが吟味しにやってくる。

 バーナードには何の義理もなく、たまたま雇われた俺としては、何とも滑稽に見えた。



 それから俺は、バーナード邸の敷地内にある自分の部屋に戻った。


 この前の夜襲で活躍(?)して以来、メイドや料理人など、住み込みで働いている人たちが住んでいる住居の一部屋をあてがわれた。

 ちなみに用心棒の中でも、敷地内に住んでいるのはカシラとチャドの二人だけだったようだ。


「何度見てもこの顔は醜いな」

 鏡を見ながら呟いた。


 この世界に来てからそれなりに経つので、さすがに自分の顔には慣れたが、他者が恐れる気持ちはよく理解できた。

 こんな化け物が町中を歩いていたら、俺なら腰を抜かすかもしれない。実際、俺を見て泣き出す子供もいるぐらいだ。


 そんな俺でも受け入れるクレシャスの町は、懐が深いと言っていい。ディーナも楽しく暮らせているようだし、有り難いかぎりだ。

 有り難いかぎりなのだが……。


 なにやってんだ、俺。


 昨日からそんな言葉が頭をよぎるようになった。

 この世界で暮らしていくための仕事を見つけられたのだが、何かするわけでもない、ただ居るだけでいい仕事だ。


 何のやりがいも感じないし、達成感も満足感もない。

 元の世界でもバイトが長続きするタイプじゃなかったが、普通の人だって辞めたくなるだろう。


 そもそも俺は何のためにこの世界に来たんだ。元の世界に戻ることはできないのだろうか。

 死んでこの世界に転生してきたわけでもない。こんな姿になっているので、転移してきたとも違う。


 『神様』を名乗るじじいの、面白そうの一言で始まった生活だ。

 正解なんてないかもしれないが、少なくとも今の生活をするために来たとは思えない。


 戦えないくせに用心棒をしているのはどうかと思う。だからと言って他のことが出来るわけでもないし、受け入れてくれる仕事もないだろう。

 人間だった頃は惰性で生きていただけだったが、この世界では生きる意味を俺は探していた。


 戦えない?


 ふと、頭の中で何かが引っ掛かった。


 俺は戦うことを恐れていた。何かと戦うことはしないと決めていた。

 それはもちろん、この強すぎる力のせいだ。


 スライムと戦ったときのように、俺が戦闘をすると周囲一帯も被害にあう。

 この世界を壊しかねない力を持つ俺は、存在自体が大厄災だ。


 そんな俺がこの世界で存在するためには、戦わないことしかない。そう思ってきた。


 ちょっとスライムを殴っただけで、大地がえぐられるほどの衝撃が辺りを破壊した。

 なのに俺は部屋の扉を押すこともできたし、物を壊さずに持つこともできる。


 この違いはなんだ?

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