第17話 看板娘
昼間の仕事は交渉の同席だけで、あとは夜の屋敷警護を頼まれた。
正直、人間の頃だったら、たとえ短時間でも昼間出勤して夜も出勤なら、すぐに辞めさせてもらうところだ。
そんな不規則な仕事、身体を壊したらどうしてくれるんだ。
しかし、この肉体ならその程度はどうってことないし、それ以上に働きたいという気持ちがあった。
俺にしては珍しく、仕事に対してのモチベーションが高かった。
それよりも、空き時間をどう過ごすかが問題だ。
昼間の町中に、俺が過ごせるような場所はあまり存在しない。
昨日の大広場は行きづらいし、チャドたちのいる建物で夜まで待機させてもらうのも……。
そういえばディーナはどうしてるだろう?
ちゃんと働けているだろうか。
世の中をまったく知らず、日本だったらバイトさせることもできない十二歳の少女だ。
不安と緊張で戸惑っているかもしれない。
俺はディーナの店に寄ってみることにした。
店の外観は、日本の繁華街にあってもよさそうな、白を基調としたスタイリッシュなカフェレストランだ。
テーブルや椅子も、店の造りに合わせて揃えられている。
科学技術は進んでないが、こういうのを見ると文化水準が高そうな世界だと感じる。
中を覗くとディーナの姿が見えた。
さすがにカフェチェーンのような制服があるわけではなく、淡いブルーのエプロンをしているだけだが、ちゃんと店の雰囲気に溶け込んでいるようだった。
「お嬢ちゃん、新入りかい?」
初老の男性客がディーナに話しかけているのが聞こえる。
どうやら耳に集中すると、離れた会話も聞き取れるようだ。なにかのスキルかもしれない。
「はい! 昨日からお世話になってるディーナです!」
「へえ、そうかい、こりゃ花があってええわな。そういやあ獣人のわりに人間っぽいところが多いけど、まさかハーフ?」
「そうなんです! パパが獣人で、ママが人間です」
「おおっ、そいつあ珍しいな! ここは他種族の町で有名だけど、ハーフは始めた見たよ!」
「獣人のハーフだって!?」
「え? なになに?」
「ディーナちゃんって言うんだ!」
隣の客が会話に入ってきたと思ったら、次々に店内の客が参加してきた。
ディーナと話したがっている客が、大勢いたようだ。
ハーフが話題になったときは、どんな反応になるか少し心配したが、まったく問題にならなかった。
むしろ歓迎されていると言ってよい。
ディーナは上手くやっていけそうだ。これなら彼女の新しい居場所になる気がする。
絶え間ない笑顔を見せるディーナを見ていて、彼女をクレシャスへ連れてきて本当に良かったと、俺は心底思った。
「おい、あんた。そんな格好で店の前に居られちゃ、商売の邪魔だよ!」
急に誰かに声を掛けられた。
ディーナたちの会話に夢中で、人が近くまで来たことに気づかなかった。
「あ、カフェのオーナーの……」
近くに立っていたのは、ディーナが働くカフェレストランの女性オーナーだった。
「まったく、なんて格好してんだい」
「すみません、用心棒の仕事着みたいなもんでして……」
言われてみれば、悪魔や死神のコスプレのような恰好のままで、カフェレストランには似つかわしくない姿だった。
「見ての通り、あの子はすっかり人気者さ。この町で獣人のハーフを差別するような奴はいないよ。心配しなくていい」
「みたいですね。良かった」
「ホント、人懐っこい性格だよ。ずっとニコニコしてて、こっちまで楽しくなっちまう」
二人して仕事中のディーナに視線を送る。
一年も独りぼっちで暮らしてきたんだ。みんなと話せるのが嬉しくて仕方ないのだろう。
カフェのウェイトレスなんて、ディーナにはもってこいの仕事だ。
「ディーナを預かってくれてありがとうございます。お客さんにも受け入れてもらえてるようで、安心しました」
「まあな。同じハーフでも、あんたは苦労しそうだけどね」
「ええ、まあ……」
俺は苦笑いをした。
「寄ってくかい?」
「いえ、こんな姿ですし。またそのうち顔を出しますので、ディーナによろしく伝えてください」
「そう、ならいいけど」
女性オーナーはそれ以上なにも言わなかった。
俺は頭を下げると、早々に立ち去ることにした。
ディーナが俺と知り合いに思われることで、周りから見られる目が変わるのではないかと心配した。
ディーナの様子を確認した後は、人通りが少ない道を選び、あてもなく歩いていた。
まだ昼間とは言え、店が立ち並ぶメイン通りから離れれば、ほとんど人影のない場所もある。
俺は地図ウィンドウを開き、青い点をなるべく避けながら、クレシャスの町を回っていた。
思ったより広いな。
自分では随分歩いていたと感じた頃、町の外から見えた大きな屋敷付近に辿り着いた。
地図を確認する限り、町の中心あたりに位置する。
この場所に向かって真っすぐ歩いてきたわけではないが、ディーナの店から一時間ぐらいは歩いてきた。
それでやっと真ん中ぐらいと考えると、この町の広さが想像できる。
これだけの広さで、これだけの人たちが住んでいるんだ。
ディーナのように、こんな俺でも居場所が見つかればいいなと考えるようになっていた。
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