第14話 町での初日

 地図には、ディーナが住み込みで働くカフェレストランと、俺が用心棒をする商人の居場所が記されていた。


 まずはディーナをカフェレストランへ連れて行くと、普通にお洒落なお店だったのだが、店の雰囲気に合わない女性オーナーが出迎えた。


「あんたがハーフ獣人のディーナかい? なるほどね、合格だ。よろしくな」


 カフェのオーナーというには掛け離れていて、給食のオバサンのような白頭巾を被った女性が、不愛想に挨拶をしてきた。

 接客に向いてなさそうなので、ディーナのような子を探していたのも納得だ。


「はい、ディーナです! よろしくお願いします!」

 ディーナが楽しそうに頭を深く下げる。


「で、あんたは何なんだい? 魔族が何の用だい?」

 鋭い視線でこちらを睨んでくる。


「あ、えっと……」

「ゲオおじさんです! 一緒に来ました!」


「そうかい、この子の保護者かい。心配すんな、あたしがしっかり預かるよ」


 保護者!!

 そうか、俺の立ち位置はそこか。


 俺はなんだか納得した。


「すみません、ディーナをよろしくお願いします」


「ふん。変な魔族だね。ああ、任せな」


 彼女の言葉通り、任せても大丈夫そうな気がした。

 気が強く厳しそうな女性ではあったが、ハーフ獣人に対して偏見を持っているようには思えない。


 俺は安心して頭を下げると、

「では、ディーナ、また来ますね」

 と、ディーナへ手を挙げた。


「ゲオおじさん! ありがとう、またすぐ来てね!」

 ディーナも手を振りかえし、中に入るのを見届けると、バーナードとかいう商人の家へ向かった。



 地図が記した場所には、大きな屋敷があった。

 この世界だとしても、商才があるやつが儲けるのは世の常らしい。


「お前がハーフ魔族ってやつか」


 敷地の前に立っている、大柄の男が話しかけてきた。


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 名前 チャド

 レベル 27

 種族 人間

 HP 598/598

 MP 330/330

 攻撃力 387

 防御力 260

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 真っ黒に日焼けした強面のその男は、プロの格闘家のように鍛えられた身体をしている。

 この世界ではレベル27の人間はかなり強い部類になるのかもしれない。


「はい、ハーフ魔族のゲオです」


「その話し方、ハーフって噂は本当らしいな。俺はバーナードさんの用心棒をやってるチャドだ。案内するからついて来い」


 チャドは親指で敷地内を差し、中へ歩き出した。


 言われた通り後について行くと、入り口正面の大きな屋敷には向かわず、隣の小さめの建物へ向かった。

 用心棒の詰所ってとこだろうか。


 チャドは扉をガチャっと開けると、

「入んな」

 と顎で指示してくる。


「失礼します」


 中へ入ると、用心棒という言葉に相応しい、荒くれものの溜まり場のようになっていた。

 武装した男が7人。全員レベル20台だが、チャドより高い奴はいなそうだ。


「カシラ、連れてきやした」

 チャドが中央奥に座っている中年の男の前まで進むと、頭を下げた。


 カシラって……。なにその言い方。

 反社会的組織じゃあるまいし……。


 ステータスを見ると、ギルバートという名前のようだ。

 カシラと呼ばれた中年の男と視線が合うと、俺も念のため頭を下げた。


「ほお、こいつが例のハーフ魔族か。この見てくれでレベル10たあ、信じられんな」

 カシラは顎を触りながら感心するように言った。


「へえ、上級魔族にしか見えません。この見た目でしたら、戦わずとも十分役立つかと」


「だな。見掛け倒しの奴はたくさんいるが、こいつあ究極の見掛け倒しだ。ここまでくれば逆に惚れ惚れするのお。明日からが楽しみだ」


「へい、ではそういうことで。――――おい、気に入ったそうだ。明日からはここへ通ってくるんだな」

 チャドがこちらに振り向いた。


 どうやら採用試験だったようだ。


「あ、そうですか、ありがとうございます」


「今日は帰っていい。明日からしっかり頼むぞ」


「はい、では失礼します」

 俺はチャドとカシラに改めて頭を下げ、建物を出た。


 用心棒。

 たしかに俺が出来そうな仕事は他に思いつかない。

 ついにこの世界での天職を見つけたのかもしれないと、俺は少し嬉しくなった。




 それから俺は、大広場へと向かった。

 受付の男に、住む場所を見つけたら知らせに行くので、ここで待つように言われていた。


 本当は、この中世ヨーロッパのような街並みを持つクレシャスを、見て回ってみたいのだが、いかんせん俺は目立つようだ。


 歩いているだけで、ほぼ全ての人がこちらを見る。

 それも、好奇な目というより、嫌悪感に近いだろう。


 今だって、広場のベンチに座っている俺を、通りすがりの人々は皆、一瞥していく。

 寛容な町ということだったが、魔族に対しては特別のようだ。


「ゲオさーん!」

 日が暮れだした頃、受付の男がやってきた。


「はあ……はあ……はあ……。すみません、お待たせしました!」


 息を整えながら話す彼は、とても真面目な印象を受ける。

 俺なんかのために、本当に一生懸命に泊まる場所を探したのだろう。


「いえ、大して待ってないので大丈夫です」


「そうですか、なら良かった。で、本題ですが……。住まわせてくれるところを見つけられませんでした。大変申し訳ないのですが、今夜は宿屋に泊まっていただけますか? これが宿代です」


 受付の男は硬貨を差し出してきた。この世界の通貨なのだろう。


「それは受け取れません。俺はこんな身体なので、寒さや暑さは感じませんし、ずっと外で生きてきましたので、野宿で大丈夫です」

 俺は恐縮している受付の男に答えた。


 彼はお金を受け取らない俺に困っていたが、少し考えてから、

「ゲオさんがそう仰るなら、分かりました。この大広場や川沿いの土手でしたら、寝泊りしても違反になりませんので、使ってください。ただ、明日には必ず住む場所を準備しますので、今夜だけ我慢してください」


「慣れてるのでずっとでも大丈夫ですが、見つかったら教えてください」

 期待していいものか分からないが、俺は受付の男に言った。


 彼は、住む場所を見つける意気込みを語ると、大広場から走って去っていった。

 よっぽど見つけるのに苦労しているのかもしれない。

 こんな俺を受け入れる奴は、そうそういないってことだろう。


 それから俺は、言われた通りこの大広場で夜を過ごすことにした。

 昼間と違い、暗くなるとほとんど誰も通らず、静かなところで丁度よい。


「明日からは町での暮らしか。どうなることか」

 俺はベンチに寝転がり、星空を見上げながらクレシャスでの暮らしを考えていた。


「おい、魔族がこんなとこで寝るんじゃねえ!」

 少しウトウトしていると、突然怒鳴り声が聞こえた。


 俺は起き上がり周りを確認すると、武器を持った何十人もの人たちが俺を取り囲んでいた。

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