第12話 旅立ち
俺はディーナと一緒にクレシャスの町を目指すことにした。
俺のせいでディーナの暮らしが壊れたかもしれないというのもあったが、同じハーフ同士で仲間意識があったのかもしれない。
人間以外にも寛容なクレシャスの町に、そのうち訪れてみようというのも、そういえばあった。
彼女にもそれなりの準備があるとのことなので、出発は翌日の朝になった。
「それじゃ出発しましょう!」
ディーナが俺を見るなり言った。
一晩たって、だいぶ元気を取り戻したようだ。
初めての旅立ちに、むしろ胸を弾ませているようにも見える。
「では、昨日言った通り、まずは大森林の西から出ますので」
俺は西の方角へ指を差すと、そのまま先に歩き出した。
「あ、はい!」
ディーナは小走りで追いついてくると、並んで歩いてくる。
誰かと並んで歩くなんていつ以来だろうか。
30歳を越えたあたりから、友人と遊ぶ機会もだんだん減り、ここ数年はネット上以外でのコミュニケーションは皆無だったような気がする。
俺は並んで歩くディーナを横目で見ると、彼女はそれに気付き、楽しそうに笑顔を返してきた。
「そういえば、おじさんの名前は何て言うんですか? 私はディーナ。おじさんは?」
おじさん……。
間違ってはいない。
人間としても38歳で、小中学生ぐらいの子供がいてもおかしくない。
ましてや、今は年齢不詳で醜いハーフ魔族だ。お兄さんと言うには違和感がありすぎる。
「えっと、ゲオールギーナタンデリオンです」
俺はステータス画面を見て読み上げた。
「え? ゲオー……ギータン……オン……? ゲオおじさんって呼びますね!」
「ゲオおじさん? はい……、それでお願いします……」
急に気持ちまで老けた気がした。
それから俺たち二人は、アドリーヴェン大森林をひたすら西へ向かって歩いた。
大森林と言うだけありとてつもない広さで、彼女の足に合わせると、抜けるだけで五日かかった。
北にある荒野もそうだが、一つ一つが日本には無い大きな規模で、この世界にいると雄大な自然を感じる機会が多くなった。
都会の喧騒が懐かしいという気持ちも、戻りたいと思う気持ちも、薄れていっているのを、ここのところ自覚する。
彼女は思ったよりお喋りで、自分の身の上話を色々話してくれた。
この世界の俺には、話す身の上なんて何もないので、それはそれで有り難かった。
ディーナは十二歳で、思ったより若かった。
小学六年か中学一年にあたると思うが、日本人の同世代より大人びて見える。
我々日本人が、白人や黒人を見て年齢が分からないのと、同じ感覚なのだろう。
猫の獣人である父親は、旅人だったようだ。
はるか遠くにある獣人の国を出て、見分を広めるために世界中を旅していた。
その中で人間である彼女の母親と出会い、恋に落ちた。
異種族間での婚姻が受け入れられていないこの世界、母親の家族や村の人には大反対され、逃げるように二人でアドリーヴェン大森林に隠れ住んでいた。
そしてディーナが生まれ、幸せな十一年を暮らしてきたようだ。
結婚を反対され二人で逃げるって、駈け落ちって言うんだろうな、たしか。
今どきの日本じゃ、ドラマや映画ぐらいしかなさそうだけど。
「パパもママも、とっても優しいの!」
ディーナは笑顔でそう言うが、瞳に寂しさが映っているのを、俺でも分かった。
話題が彼女の家族のことぐらいしかないのは仕方ないのだが、話すことで寂しさを思い出させる形になり、申し訳ない気持ちになった。
「お父さんとお母さん、見つかるといいですね」
「はいっ!!」
我ながら無責任なセリフだと思った。
大森林を抜け出すころ、俺とディーナはすっかり打ち解けあっていた。
ディーナからすれば生まれて三人目の話し相手。こんな俺でも心を開いてくれるようだ。
「見て、ゲオおじさん! 凄く広いよ!」
アドリーヴェン大森林の西側は平原になっていた。
ディーナは広大な平地を指差し、嬉しそうに言う。
「ディーナ。これは平原ってやつです。木がほとんどなくて、草に覆われた大地がずっと続いてるんですよね。あの、草も生えてない道に沿ってまっすぐ行けば、クレシャスの町に行けるはずです」
俺は何故か敬語が抜けなかった。
「へえ、そうなんだ! おじさん、はやく行こ!」
ディーナが俺の手を引っ張ってくる。
彼女にとっては、何もかもが初めて見るもので、新鮮なのだろう。
俺だって、この世界に来て間もないと言っていいのだが、ディーナは俺以上に見るものすべてに興味を抱いている。
彼女がとくに興味を示したものは、行き交う人々だった。
この平原地帯は人間エリアと思われ、赤い点はまったく見られないが、街道に沿って青い点が点在している。
俺たちがクレシャスの町に着く間も、何組もの人々とすれ違う。
「こんにちは! こんにちは!」
街道を歩いていると、俺の姿が目立つのであろう。必ずと言っていいほど皆がこちらを見てくるので、ディーナはすれ違うたびに笑顔で挨拶を交わす。
不釣り合いな俺たちを見ながら、挨拶を返してくるのは半分ぐらいだった。
「ねえ、ゲオおじさん。旅って楽しいね! 連れて来てくれてありがと!」
「いや、気にしないでください」
感謝しているのは俺の方だった。
あのまま大森林に独りでいたところで、何も楽しくなかった。
この世界へ何しに来たのか、何ができるのか分からないままだが、平原に来てから笑顔を絶やさなくなったディーナを見て、遠い昔に忘れたはずの充実感を覚えていた。
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