第11話 ハーフ獣人のディーナ

「すみません、モンスターだと思ってしまって。外のことあんまり知らないので、勘違いしちゃいました」


 ディーナは真っ直ぐにこちらを見て話している。


「俺のこと、怖くないんですか?」

 俺は恐る恐る尋ねた。


「ホントのこと言うと、少し怖いですが、ディーナを助けてくれたみたいですし。――――それに、そんなに動物に好かれてるのに、悪い人なわけありません」


 ディーナは俺を囲んでいる動物たちを見ながら言った。


 俺は別に良い人だと思わないし、過大に評価されるのは嫌だが、こんな姿で少しなりとも受け入れてもらえたのは、素直に嬉しかった。


 ホントのこと言うと少し怖い、のは仕方ないとして……。


「そうですか、ありがとうございます。こいつらは友達ですからね」

 俺は指先で、ウサギのような動物の頭を撫でながら、思わずお礼を言ってしまった。


「はは。変な人ですね」

 ディーナはクスっと笑った。


 どの部分が変だと言ったのかは分からなかった。

 この外見も、チートのようなレベルも、この世界から見れば異世界にあたる場所から来た中身も、何一つとっても変なのは分かっているが。


「こんなところで一人で住んでるんですか?」


 俺は知りたいと思っていたことを、自然に訊いていた。


 子供の頃から会話が得意ではない。人見知りな性格もあり、とくに知らない人との会話は苦手だ。

 空気を読める方でもないし、発言のタイミングもうまく掴めない。


 ちょっと唐突すぎただろうか。


 心配になりディーナの表情を確認すると、彼女から笑顔が消え、目に涙を浮かべているのが見えた。


「パパと……ママは……、一年ぐらい前に出かけたまま……、帰ってこな……」


 泣き出してしまった。


 何をやっているんだ俺は。

 たった今、怖い思いをしたばかりの子に、嫌なこと思い出させてどうするんだ。

 さっき見ていた状況で、彼女の答えは想像できただろう。


 俺はどんな強大なモンスターに攻撃されても、痛くも痒くもないが、目の覚めるような強烈な一発を、自分に浴びせてやりたくなった。


 泣いているディーナを前にして、俺はどうしていいか分からず、とりあえず落ち着くまで待つことにした。

 このまま立ち去るわけにもいかない。


 少ししてディーナは泣き止むと、俺の横に座り込み話し出した。


「パパとママは、一年ぐらい前に、ママの生まれた村に急用があるって出かけて、そのままです」


 俺は悲しそうなディーナの顔が見られず、前を向いて話を聞いた。


 彼女の話では、ディーナは生まれてずっと、両親と三人だけで暮らしてきたようだ。

 人間と獣人という異種族の結婚は、この世界では許されざる行為のようで、隠れるようにここへ移り住んできたのだ。


 なんだか俺がここへ来た経緯と似ている。


「だけど1年ぐらい前、ここでディーナたちが暮らしているのを、ママの村の人たちにバレてしまって。あ、ママは人間で、パパが猫の獣人です」


 なるほど、その耳と尻尾は猫か。


「それで、村の人たちに急用で呼び出されたんですが、ディーナが生まれたことは内緒にしていたので、二人だけで行ったんです」


「こんなモンスターが出る場所に君を残して?」


「いえ、この大森林は低レベルのモンスターしか出ない、安全なエリアだったんです。それが、二週間ぐらい前に北の方で大爆発があって、その三日後、天に昇る光の筋が見えた日から、突然強力なモンスターが現れるようになって……」


 二週間ぐらい前? ………………俺か?!


「ん? いや、その、北の爆発や光とは関係ないのでは?」

 俺は焦るそぶりを隠すように訊いた。ただの偶然でしょ……。


「そうですね、関係ないかもしれないです。でも、あの光は悪いことが起こるような気味悪さを感じて……。実際、あの日から大森林のモンスター達の様子が明らかに変わったので」


「そ、そうなんですね……」


 本当に関係があるんだろうか。

 たしかにあれほど派手に音や光を出したので、驚いたモンスターがこの大森林に逃げてきたということも、考えられなくはないが。


「もう、ここには住めそうにないです」

 ディーナは塞ぎ込むように下を向いた。


 俺は振り向いて、半壊した建物を眺めた。

 モンスターから身を守るどころか、雨風もしのげそうにない。

 これからどうするつもりなんだろう。


「これからどうするんですか?」


「ホントはパパとママを捜しに行きたいんですが、この大森林から出たこともないので、どうしていいか……」


 やばい、また泣き出しそうな空気だ。


 可哀想だが、俺に出来ることはないと思った。

 一緒に両親を捜すとなっても、俺にこの世界の知識はまったくないし、ハーフ魔族の俺はこの大森林しか暮らせる場所はない。


 もし俺のせいで、あんなモンスターに襲われていたのなら申し訳ないのだが……。


「あっ」


 そういえば、俺はこの世界でたった一つだけ町の名前を知っていた。

 クレシャス。

 人間以外に寛容な町だと、騎士のうちの一人が言っていた。


 ディーナが俺の声に反応しこちらを見ているので、俺は地図を表示して彼女に見せた。

「ほら、ここ見てもらっていいですか? このクレシャスって町なんですが」


「え? 何も見えないです」

 ディーナはキョトンとした表情を見せた。


 どうやらこれが見えるのは自分だけのようだ。


「あ、すいません。えっと、大森林を出て北西にずっと行くと、クレシャスという町があるんですが、そこは人間以外も受け入れてくれるようで。一旦そこに避難してはどうですか? 両親を捜すにしても、情報を集めないといけないだろうし」


 彼女は何か言いたそうな素振りをしたが、そのまま黙って答えない。


「ここからだと、まっすぐ西へ行って大森林を出ると、すぐに道があるみたいなんで、その道に沿って北西を目指せば、迷わずに辿り着くと思います」


 俺はさらに詳しく説明した。

 するとディーナはまた何か言いたそうな表情で俺を見るが、何も言わず黙っている。


 彼女は大森林から生まれてこのかた出たことがないと言っていた。

 やはり踏ん切りがつかないのだろう。


 だからと言って、このまま住み続けるには危険な状態だ。赤い点が近づくたびに俺が助けに来ることもできるが、それでは俺が疲れる。

 地図で見る限り、クレシャスまでは赤い点がまったく見えないので、きっと人間エリアなので旅路は安全そうなんだけど。


「えっと……」


 俺が声を出すと、彼女は何か言ってもらえるのを待っているように見えた。


 俺は元の世界にいた頃、財布を拾ったらちゃんと交番に届けるが、泣いている子供がいても出来れば関わりたくない派だ。

 必要以上に人に踏み込んだりしないし、踏み込まれたくない。


 ましてや、今はハーフ魔族の姿。できれば俺のことはそっとしておいてほしい。

 一年も両親が帰ってこないのは可哀想だが、大森林から出ず隠れ住んでいたのは同情するが、あんなモンスターに襲われた後で心細いだろうが……。


 あのモンスター  俺のせいなのだろうか


「俺が一緒に行きましょうか?」


「はい!」


 ディーナの顔がパッと明るくなった。

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