第10話 拒絶

 ハーフ獣人のディーナは、俺の姿に怯えているようだ。

 たしかにマンティコアなんかより、俺の方がよっぽど恐ろしい外見かもしれない。


 そうするとつまり最初に俺を見た時も、俺に助けを求めたのではなく、俺から逃れるために言ったってことになる。

 今さらながら、この姿の切なさを痛感する。


「いや、俺はその……」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 何も言い終えてないのにディーナは悲鳴を上げる。

 脚をバタバタさせ、あからさまに怯えている。


「パパ……ママ……たすけて……」

 ディーナは号泣しだした。


 パパ? ママ?

 胸に痛みが走った。


 近くでよく見ると、ディーナは思ったより幼いようだった。

 見慣れない獣人の外見なのではっきりはしないが、10代後半、もしかしたら半ばぐらいかもしれない。


 こんな子に目の前で泣きだされると、なんとも言えない気持ちになる。

 マンティコアから助けてあげられたことは良かったが、他に力になってあげられないものだろうか。


 そういえば地図で見えていた青い点は、知っている限りいつも一つだけだった。

 たった一人でここにいるのか気になる。


 辺りを見回すと、この開けた場所は、住居のようになっていた。

 周りは柵で囲まれ、小さな畑や住まいのような建物もある。ただ、マンティコアに半分壊され、住めるような状態じゃない。


 君の言っているパパとママはどこにいるんだ?

 こんなところで一人で住んでるの?


 恋愛感情ではない。興味本位でもない。

 俺は今まで感じたことのない感情が溢れ、ディーナのことを知りたいと思った。


「だ、大丈夫ですか?」


 声を掛けても、号泣しているディーナには届いてない。

 これ以上少しでも近づこうとすると、彼女はビクッと身体を震わせる。


 ダメだ、可哀想で見てられない。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね」


 俺はスキルウィンドウで見かけた名前を思い出した。

 近づかなくても、こんな俺でも出来ることが一つある。


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 ヒール

 簡単な怪我を治しHPを回復させる初級魔法。

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 これだ。

 声を出すのは少し恥ずかしかったが、俺はディーナに向かって回復魔法を唱えた。


「ヒール」


 ディーナの身体が白い光に包まれると、HPが満タンになるのを確認した。

 足の怪我も治っているように見える。


「それじゃ俺はこれで……」


 俺にできることはこれ以上なさそうだ。

 これほど怖がられているなら、近づかない方が彼女のためだろう。


 俺はもと来た茂みに向かって歩いた。

 こんなに嫌がられるなんて、なんだか泣きそうになった。


 俺は叱られた子供のように下を向きながら、ゆっくり茂みに近づくと、動物たちがこちらを覗いているのに気づいた。

 いつも一緒に戯れている、俺の唯一の仲間たちが来ていた。

 俺がしゃがみ込むと、動物たちは茂みから出てきて俺の周りを囲んだ。


 ああ、俺を怖がらないお前たちだけが、俺の居場所だよ。


 せっかく誰かと出会えたのに、まったく会話も成立しないまま戻るのは寂しかったが、俺は自分の居場所に戻ることにした。

 こんな異世界で、本当の自分の姿でもないのに、誰かに拒絶されるのは思ったよりこたえる。


 絵を描いたのは自分だったが、『神様』を少し恨んだ。


「も、もしかして、ディーナを助けてくれたんですか?」

 ふいにディーナが後ろから声を掛けてきた。


 良かった、泣き止んだようだ。

 俺に話しかけてきているのか迷った。


「ディーナを助けるために来てくれたんですか?」


 間違いなく俺に言っているようだ。


「え、ええ。そうです」


 俺は地面をジッと見つめたまま、後ろへ振り返ることをこらえた。

 この顔を見せて、また泣き出す姿はもう見たくない。

 せっかく泣き止んだんだ、怖がらせるわけにはいかないと思った。


「ありがとうございます」


「!?」


 前から声が聞こえた。

 視界に足が見える。

 いつの間にかディーナが前へ回ってきていた。


 ダ、ダメだ。見ちゃいけない。

 俺の顔を見せたら、また、怖がられる。


 俺は顔を上げ、ディーナを見てしまった。


「助けてくれて、ありがとうございます!」


 そこにはディーナの笑顔があった。

 やばい、俺が泣き出しそうだ。

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