第2話 異世界へ
「は? 何言ってるんですか?」
「だから、わしは『神様』じゃって」
おいおいおいおい。
なんだこのジジイ。
俺は突然の訪問者に思考がついていかなかった。
たしかに、白いローブを着て杖を持っている。俺が漫画で神様を描いたら、きっとこんな風にするだろうと思った。
だからって、神様ですと言われ、はいそうですかなんてならない。
「すみません、ここ俺の部屋なんですけど……。出てってもらえませんか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。せっかく来たのに冷たいのお」
なんなんだ、このコスプレジジイめ。
「コスプレなんかじゃないぞい」
……えっ? 俺、今声に出したっけ??
「いんや、声にしてはないぞ」
ええぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!
「驚いたみたいじゃのお。わしは『神様』じゃと言ったろ。声に出さなくても聞こえるんじゃ」
その老人は、ドヤ顔で髭を触っている。
「ほ、ホントに『神様』なんですか?」
何を言っているのだろう。俺は馬鹿になったのか? 他人が見ていたら気でも触れたのかと思うようなセリフを言っている。
「何度も言わせるな。わしは本物の『神様』じゃ」
「そ、それで、その『神様』が……何の用でしょうか?」
「いや、それがの、おぬしがさっき考えてたことが面白そうでの」
「さっき考えてたこと? ……なんでしたっけ?」
「人間にも魔族にも嫌われているハーフ魔族ってやつじゃ」
「ああ……、漫画の話ですね」
「そうそう。で、おぬしやってみるか?」
「やってみる? 何をですか?」
「だからハーフ魔族じゃよ」
やべえ、何言ってるか全然分かんねえ。
「分からんのなら、やるしかないのお」
その『神様』を名乗る老人は、いたずらな目をして杖を振り上げた。
「ちょちょちょちょっ、ま、待ってもらって……」
俺はとてつもなく嫌な予感がしたので、全力で拒否しようとしたが、部屋は再び強烈な光で包まれた。
ふぉ ふぉ ふぉ 楽しみじゃの!
俺は頭の中で『神様』の声を聞きながら、眩しさに耐えられず腕で目をふさいだ。
一瞬、意識が飛んだ気がした。
「もう着いたぞ」
頭の中に直接ではなく、普通に耳から聞こえた。
「だから、もう着いたんじゃって」
もう一度言われて、俺は少しずつ目を開いた。
「着いたって言われても……。って、え!? え!? どこですか、ここ??」
目が慣れてくると、自分の部屋にいたはずが、見知らぬ場所に立っていることを自覚した。
「ふぉっふぉっ。その顔で驚いた表情をすると面白いのお」
は? 顔のことは言うんじゃねえよ!
俺は心の中で悪態をつきながら、辺りの景色を確認した。
視界に入る木や草花に見覚えがない。
虫や動物は知らない種類のようだ。
なんなら匂いも嗅いだことのない新鮮な感じがする。
「夢……ですかね?」
「なんだおぬし、意外と察しが悪いのお。ここはおぬしからすると、異世界じゃよ」
マジか!?
いや、そんな気はしたんだけど……。
改めて見回すと、たしかに幻想的な色合いを基調とした風景で、地球上のどこかという気はしない。
しいて言うなら、ファンタジー系のゲームの世界、という感じだろうか。
「それで、こんなところに連れてきて、どうしようって言うんですか?」
俺は『神様』の意図が分からず訊いてみた。
「どうするかなんて、知らんわい」
「え? いやいや、ちょっとちょっと……」
俺は思わず突っ込むように腕を上げると、自分のそれに驚愕した。
「あれ? なんだこの手?」
いつもより二回り以上は大きく、どす黒い両手を、俺はまじまじと観察する。
後藤さんって手だけは綺麗だね、と昔誰かに言われたことを何故か思い出した。
モンスターのようなイカツイ両手を動かすと、当たり前のように思い通りに動いた。
一瞬、着ぐるみでも着ているのかと錯覚をおこす。
「どうじゃ、ちゃんと絵の通りじゃろ?」
「!?」
俺は慌てて全身を見下ろした。
見覚えのあるデザインだ。
自分で身体を触ってみると、着ぐるみではなく生身のように、触った手も触られた身体も感触がある。
顔を両手で触ると、掛けていたはずのメガネが無く、ゴツゴツとした知らない形だ。
頭に手をやると、
「今日からおぬしはハーフ魔族じゃ」
『神様』は手鏡を出して、俺を映した。
「展開が早すぎて、なんて言っていいのか……」
俺は自分で描いた絵にそっくりな姿を鏡の中に確認した。
「なあに、大丈夫じゃ、ご両親はわしがなんとかしておく」
いや、そうじゃなくて。
両親のことも心配だけど、それ以前の問題なんだが。
俺はいろいろ突然すぎて、うまく言葉にできなかった。
夢ならそろそろ覚めるはずなのだが。
「残念ながらこれは現実じゃ」
なんだか語尾の『じゃ』が、癇に障るようになってきた。
「そうそう、レベル∞は無理じゃったんで、わしと同じレベルにしといたわい」
「どうも……」
別に有り難くなんてない。
「それじゃ、あとは任せたぞ。この世界を救うも滅ぼすも、おぬしの好きにするがよい」
「滅ぼす? 恐ろしいこと言いますね……」
「ふぉっふぉっ。どれもおぬし次第じゃ。わしも忙しいんでの、この辺で失礼するぞ」
「え?」
俺は飛び去ろうとする『神様』を掴もうとするが、そのまま姿が消えていった。
じゃあねぇー
頭の中に声が響いた。
「ホントに行っちゃったけど……」
途中まで何かのジョークなのかと思っていたが、問答無用で俺の異世界生活が始まった。
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