09.都それぞれ(2)
などと考えていたが、結果として花実は警戒心を強制的に取り戻す事になった。
廊下を歩く事数十秒。角を曲がった拍子に見知った顔が視界へと飛び込んで来たからだ。それも良い思い出はない類のお顔である。
「猩々緋……!!」
青都で痛い目に遭わされたのは記憶に新しい。こちらの質問を無視し続けるなど、突拍子のない言動も強く思い出として残っている。そうなれば、警戒してしまうのは自明の理だ。というか、最後に烏羽と戦闘していなかったか。
当然と言えば当然の答えに辿り着いた花実が、思わず烏羽の顔を見上げる。あ、素の調子で声を漏らした彼はしかし、悪びれる様子もなく気安い調子で事後報告した。
「そういえば、青都で猩々緋を取り逃がしたのを伝え忘れておりました。ええ」
「言ってよ!! 蘇生したのかと思ったじゃん! え、襲い掛かって来ないよね」
とうとう足を止めると、不思議そうな顔をして紅緋もまた立ち止まった。勿論、こちらのプチ騒動に気付いている猩々緋もまた部屋を仕切る戸の前で腕組をして事の成り行きを見守っているようだ。その場から動くつもりはないらしい。
妙な空気になってきた所で、紫黒が眉間に皺を寄せて紅緋へと食って掛かった。
「ちょっと、どういうつもり? うちの主様は、そこの猩々緋に危うく殺される所だったのだけれど」
ああ、と紅緋は手を打つ。微塵も罪悪感が無さそうな空気である。
そんな彼はあっさりと青都での件について言及した。
「すまん! そもそも召喚士を殺すつもりはなくて、用があったから赤都に来てもらおうとしていただけだ。つまり俺の指示でのっぴきならない事になったようだな!」
「あまりにも要領を得ないけれど、あれは殺害じゃなくて誘拐が真の目的だったって事?」
「人聞きは悪いが概ねあっているぞ! 報告によると裏切り者共もうじゃうじゃいたようだし、話を合わせたんだろう。いやあ、猩々緋には無理難題を押し付けてしまったな。はっはっは!」
「笑い事じゃないんだけど……」
呆れはしたものの、紅緋が語る内容に嘘は無い。彼は典型的な嘘を吐かないタイプのようだ。
再度歩き始めた紅緋の後を恐る恐る追い掛ける。流石の烏羽もややぴりついているのか、廊下で丁度すれ違う位置にいる猩々緋を警戒しているようだ――
「猩々緋、どうだ? 元気になったか?」
戸の前に立つ猩々緋に紅緋が軽い調子で尋ねる。
戸を――というか、戸の先にある部屋を見ているような紅緋は眦を下げて少しだけ心配そうな表情だ。これが件のお願いと関係があるのかもしれない。一方で猩々緋はそんな都守の態度に心持冷めた視線を投げ掛けた。何を言っているんだお前は、とでも言いたげな雰囲気だ。
「いいえ、全然。現状で状態が好転するとは思えませんが。俺は中に入って待っていていいですか?」
「どっちでもいいぞ! というか、何でお前外に突っ立ってたんだ?」
「えぇ……? 貴方が外で待ってろと言ったのでここにいたのですが」
「そうだったか?」
――頭の痛くなるような会話だ。
どちらも嘘は吐いていないので、言った事を自分で忘れているのは紅緋かもしれない。
と、その猩々緋が花実に視線を合わせた。この感覚、やはり青都の猩々緋と同一人物だとそう思わざるを得ない。
そんな彼だったが、青都ではほぼ会話を交わさなかったというのに、ここに来てあちらから話しかけてきた。
「俺の言った事はお前に伝わっていなかったみたいだな。こんなところにまでのこのこやって来て……。まあ、こちらとしては好都合か。黒桐サンにとってはどうだか知らないが」
やや呆れているような声音。しかし、ストーリーの言う通りにプレイヤーはゲームを進めるのだ。その発言は聞かなかった事にして逆に訊ねてみる。
「青都で私と一言も話さなかったのはどうして?」
「都守――紅緋さんの指示だから。どうしてそんな指示が出されたのかは、本人に聞けよ。ああ別に俺も事情を知らないなんて訳じゃない。俺が話すような事じゃないって意味だ」
「返事をした……」
「どうせ烏羽はお前に何も伝えてないから、一応詫び。悪かったよ」
――それも烏羽から聞いてない!
名指しを受けた初期神使を見やると、ウインクを返された。上手だけど普通に腹が立つ。誤魔化すのが下手糞というか、誤魔化し方が雑過ぎる。
「報告漏れが多くない、烏羽……」
「ええ! ですが、私さえ理解していれば問題ないかと」
「現在進行形で問題が起きてるんだけど? あれ、問題の定義がそもそも違うのかな私と」
ああそうだ、と猩々緋が思い出したように口を開いた。今度はどんな重要情報が飛び出してくるのかと身構える。
「青都の時から思ってたが、お前等の会話は普通に人間で言う所の心臓とかに悪い部類だから控えて欲しかったぜ。いつ連れて帰らなきゃいけない黒桐が烏羽に捻られるかと思うと気が気じゃなかったな」
「すっごいお喋りじゃん……。我慢してたんだね、青都で」
花実のシンプルな皮肉は、鼻で笑われてしまった。こういうタイプだったか、白練がいつもより不愛想などと言っていたがそういうレベルではないくらいにフランクである。
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