10.都それぞれ(3)

 ***


 廊下で色々なハプニングを経験した後、ようやく目的の部屋に辿り着いたらしい。

 花実は小さく溜息を吐いた。


 紅緋は恐らく一般的に言う悪い人物などではない。むしろ真逆の人間性を持つ神使だ。が、如何せん元気が過ぎる。基本ローテンションメンバーに囲まれている花実の社に突如現れた灼熱の太陽のような存在だ。最早、会話をするだけで疲れる。炎天下の中にいるような疲労感だ。


 紅緋が部屋の戸を開けると、これまた見知った顔――薄桜が茶を並べ、座布団を整えていた。こちらに気付くと軽く一礼する。


「……あれ? 名前をちょっと忘れたけど、村にいなかったっけ。薄桜」


 いいえ、と薄桜はやや暗い面持ちで首を横に振った。


「私はずっとここにいたわ」

「え?」


 どういう事なのかを聞こうとしたが、薄桜は花実の横を通り抜けて退室してしまった。昔に会った時のフレンドリーさは微塵も無い。

 ――ストーリー上で出会った神使で、別の個所に移動して来た神使は3人目。薄藍と猩々緋、そして紅桜。でも。

 困惑して首を傾げる。薄藍と猩々緋は移動してきた描写がきちんとあったが、薄桜はそうではない。ずっと赤都にいたのは辻褄が合わない。


 しかし考える暇すらないまま、紅緋に促されて適当な座布団に座る。正面には相変わらず笑顔を絶やさない赤都守が鎮座した。何と言うか、瑠璃とは謁見、紅緋とは会談という距離感だろうか。

 ともあれ全員が適当な配置に着いたのを見計らって、その都守が口を開いた。余計な話を挟まないあたりも性格が表れている。


「ここに来て貰ったのは、実は黒桐にお願いしたい事があるからだ」

「そう言ってたね、最初から」


 ――私……召喚士ではなく、プレイヤーである黒桐を名指し。

 既に嫌な予感が拭えないが、それでいてこの先に何があるのか気に掛かる。ゲームの作り込みに感心してしまう程だけれど、それでいて何故だろう。この胸騒ぎに似た感覚は。


「実は……我が主に俺が言っている事が真実だと説明して欲しい」

「……んん? え?」

「端的過ぎたか? 発言の真偽が分かるのだろう、お前は」


 沈黙。

 言っている事は分かるが分からない。何を言われたのか理解するのに数秒の時間が必要だった。


 主とは誰の事? 初代召喚士?

 そして何より、話していないはずというか極めて個人的な技能を認識し、ストーリーに組み込まれているのはどういう事?

 具体的におかしな点に気付き始めた花実の額に嫌な汗が伝う。身体は芯から冷え切っているかのように冷たい。隣に座っていた烏羽ですら、理解不能とでも言いたげな表情を浮かべていた。


 そして何より恐ろしいのは――紅緋の発言は今も変わらず全て真実であるという事だ。本当に花実の持つこの特技が有用であると感じ、それを理解した上でお願いしてきているのである。


 考えている内に脳の再起動が完了したらしい烏羽が不意に爆笑し始めた。こんなに大口開けて笑っている所なぞ、そうそう見られないだろう。


「紅緋殿! 貴方、本当に予想をいつだって裏切ってくれますね。ええ、これは流石の私もまるで想像もしていない『お願い』でした! あっはっは! だからうちの召喚士が必要だったと?」


 ――烏羽も……紅緋のお願いの内容を知らなかったし、多分事情も知らないみたい。

 彼の言葉にも偽りはない。


 しかし、そんな事よりも何よりも。


「ど、どうしてそれを知ってるの……?」


 それに尽きる。この間、烏羽が鎌をかけてきた時に確信している様子ではあったが、紅緋とは繋がりが無い。どこからそういう話になったのか皆目見当もつかなかった。

 爆笑する烏羽、困惑し恐怖を感じている花実を見てようやく紅緋も異様な雰囲気に気付いたようで、やや目を丸くする。


「……もしかして、黒桐の能力について知っていたのは俺だけだったのか?」

「……」

「すまん! 普通にその力を駆使して、今まで生き残って来たとばかり。というか、その有用な力を公表しないのは何故だ?」

「悩みとか無さそう」


 烏羽は顎が外れるんじゃないかと思うくらいに大笑いしている。

 やや鈍い所がある紫黒と加入したばかりの薄墨は唐突なカミングアウトに困惑し、薄群青はやっぱりと言った表情。藤黄は顔色が悪い。

 こうしてみると、最初の方に出会った烏羽と薄群青には薄々気付かれていたという事か。いやでも、これはゲームで――もう訳が分からない。


 解決しなければならない事が多すぎるが、何故かデータが人間の個人的な情報を反映させている点は一度目を瞑ろう。それは彼等にではなく運営に問い合わせるべきだからだ。


「私の個人情報をどこから知ったの?」


 問いに対し、紅緋は手を合わせて頭を下げた。


「本当に悪かった。俺にそれを教えてくれたのは主だが――」

「ごめん待って。主は誰? 私の知っている人なの?」

「ああ、赤日という名前で交流していたようだ」


 ――赤日!? 最近連絡が取れない、チャット仲間の事を言っている?

 一瞬、そういう神使かとも思ったが主などと呼ばれている以上、プレイヤーだと思っていいのだろうか。いやでも、色々とおかしな事になってしまう。

 考え込んでいるのを怒っているのかと勘違いしたらしい紅緋が、赤日とやらのフォローをし始めた。


「俺が弁解する事ではないが、主にも悪気があった訳じゃない。世間話の延長でそういう話になっただけだ。お前達がよく利用している……ちゃっと? とかいう文のやり取りで入手した情報だと言っていたな。恐らく主は俺がお前と出会う事を想定していなかったから話してしまったのだと思う」

「いやいやいや。ごめんね、私はストーリーをプレイしてたんじゃなかったっけ? なに? そういうイベントが始まってるの、これ。急に他所のプレイヤーと交流みたいなシナリオなのそれとも」

「うん? いやそもそも、これはゲーム――」


「待ってください」


 何事かを言い掛けた紅緋を遮ったのは、既に笑いを引っ込めて恐い顔をした烏羽だった。相変わらず情緒がジェットコースターのようなヤツである。

 その真剣な面持ちに、やや驚いた顔をした紅緋はきちんと口を閉ざした。


「紅緋殿、貴方どれだけ話し続けるつもりですか? ええ、驚愕します。どういう脳構造をしていらっしゃるのか教えていただきたいくらいです」


 そこでようやく花実と、そして紅緋は静まり返った室内を見回した。

 先程まで各々の反応を見せていた自社の神使達は今や一様に青い顔をしている。何らかのタブーに触れる会話であったのだと、本能的に悟った。

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