07.社での日常(7)

 ***


 紫黒と薄墨は居間を贅沢に二人で使い、世間話に花を咲かせている様子だった。

 とはいっても紫黒が一方的に話続け、薄墨はそれを乏しい表情で聞いている状態。それはどういう感情なのか。また、紫黒はそれで構わないのか。謎が謎を呼ぶ空間が出来上がっている。


「紫黒、薄墨」

「主様! 何か用事?」


 乱入する形になってしまったものの、紫黒が花実を快く迎える。薄墨は小さく首を傾げるのみで、やはりどういう情緒なのか不明だった。


「ちょっと伝えたい事があって」

「どうしたの?」

「次の行き先が赤都になったんだけど、烏羽が早くストーリーを進めろってうるさいからぼちぼち出発しようかと思って。呼びに来たんだよね」

「赤都……ですか?」


 紫黒がやや不安そうな顔で正面に座る薄墨を見やる。珍しく彼女も眉根を寄せ、あまり乗り気ではないようだった。赤神使については、裏切り勢の黒もよく分からないのがやはり不気味である。

 それを裏付けるかのように、紫黒がおずおずと切り出した。


「赤の連中は、何をしたいのか本当に分からないからちょっと恐いわ」

「仲良しとかではないんだね?」

「あの暑苦しい連中と、私達黒が仲良い訳ないわ」

「それもそう。えー、利害が一致したら味方になってくれるとか、そういう付き合いはあるの?」

「赤達の視点から見たら、私達と協力するだなんて最終手段だと思うけれど……」

「自覚はある感じなんだね、黒のみんな」


 あの烏羽に協力要請など、言われてみれば確かに最後の手段だ。もう割と打つ手がない時の一手でしかありえないだろう。弱みに付け込んで滅茶苦茶な要求もしてきそうだし、考えれば考える程に手を組むメリットが見えてこない。何なら、利害が不一致となった瞬間には裏切られそうだ。加えて火力の高い煽りまで入れられそうで、ただただ交渉が憂鬱な相手だろう。更には笑えない冗談と大嘘までセット。最悪の極み。


「主様……嫌そうなのが、顔に……出すぎ」

「あっ、つい。烏羽と手を組むとか地獄だと思ったら……」

「……端末を、ちゃんと持って、おいた方が良い。すぐ、赤都から社へ、戻れるように」

「うんうん、そうしよう。安全第一だよね」


 くたびれたパーカーのポケットに突っ込んだ端末の角を指で撫でる。非常にメタ的な意見ではあったが、薄墨の忠告は最もだ。とうとう都守同士で衝突する可能性がある。


 ――それにしても、何故か最近、薄群青や藤黄より目の前の二人の方が安心感あるんだよね。

 何と言うか薄群青は藤黄が来てから後、少しばかり不穏な発言や行動が多い。藤黄は言うまでもなく黄都にいた時の彼とは最早別人だ。

 一方で紫黒と薄墨は一貫してこの態度であり、ストーリー上の同一存在の記憶を受け継いでいるのであれば色々と知っていそうなのにも関わず――結局、情報を一番持っていなさそうだ。

 それは即ちプレイヤーと同程度の知識量という事。彼女等は案外嘘も吐かず、本当にゲーム内のキャラクターのようでゲームであるという安心感がある。


「――……取り合えず、烏羽がうるさいから赤都に行こうかな。最悪、すぐに引き返してくればいいもんね」

「注意してよね、主様。何があるか分からないわ」

「合点!」


 ***


 変わらずストーリーへ繰り出す為の門は聳え立っている。

 花実は今回のメンバーをゆっくりと見回した。変わり映えはない。5人の枠ぴったりしか神使がいないからだ。


「ささ、召喚士殿。早速参りましょう。ええ」


 ニコニコ笑顔が素敵な烏羽は情緒もへったくれもなく、ただただこれから起こるであろう出来事を愉しみにしているようだ。


 ――今回はおかしな事が多い。……初見殺し的なギミックが無ければいいけれど。

 言語化出来ない違和感がずっと付き纏っている。烏羽ではないけれど、きっと何かが起きるような、そんな予感もだ。


「結局、赤都は何をしたいのかしら? 都守もかなり大雑把な性格だったような気がするわ」


 紫黒が不意にそう呟く。それは薄墨へ向けられたものだったようだが、反応を示したのは烏羽だ。


「ふむ。私にも意図が分かりかねますねえ。しかし、ええ、紅緋殿は――なかなかに面白おかしい御仁。今回も意味不明な弁明なり理由なりを並べてくださるでしょう。ふふ、既に笑いが……」


 ――心配になってくるんだよなあ。烏羽にここまで言われるなんて……。

 今の所、赤都守・紅緋の情報はお祭り男、瑠璃曰くいけ好かない奴である事、そして烏羽が先程述べた件くらいしかない。申し訳ないが、お祭り男以外の情報が酷過ぎて期待が持てないでいる。

 ただし烏羽の言葉に嘘は無いので、やはり彼は何も知らないのだと再確認できた。一方でずっと黙っている薄群青や藤黄の真意を推し量る事は出来ないが。


 考えつつ、端末を弄る。フレンド召喚の画面が出てきて、ああ、と嘆息した。フレンドは3人。黄月はフレンド召喚までのチュートリアルをこなしていないのでフレンドに登録できていない。

 白星の月白、青水の瑠璃、そして赤日の紅緋。

 こうして見ると豪華なフレンド欄だ。紅緋は表示こそされているが、タップ不可。実際に選べるのは月白か瑠璃だ。


「ああ! 召喚士殿」

「……なに?」

「さてはふれんど召喚の神使を選んでいますね? ええ、この烏羽との約束をお忘れではありませんよね? もう一度、お伝えしておきます。月白以外をお選びください!」

「……はいはい」

「また月白を選ぼうとしていたのでしょう? この烏羽にはお見通しですぞ」


 しっかり釘を刺されてしまったので、泣く泣く瑠璃を選択する。彼女も彼女で紅緋と相性が悪いそうなので申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「瑠璃を選んだよ、それじゃあ行こうか。赤都に」

「分かって下さればよいのです。ええ、ええ。では出発しましょうか」


 バナーをタップ。門が開け放たれた。

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