06.社での日常(6)
――もう一人くらい、推し作りたいな……。
廊下を歩きながらそんな事をチラッと考える。
一神教は過酷過ぎる。アニメ、漫画、小説それら媒体で何度推しが死亡ないしフェードアウトしたか分からない。一神教だとそういった不慮の事故時にリカバリーが利かず、結果としてジャンルから離れてしまった事も少なくはない。
多神教に転身すれば、楽しみも増えるしリスク分散で生存指数が上がるのは確かだ。そもそもただ一人だけを崇め奉るのが正しいという訳でもなく、推しを多数作るのは賢い考え方とも言える。
――ただ私……推すとなったら、好みが細かいんだよね。
ソーシャルゲームは脳死で初期推しから入るが、次なる推しが現れるのはゲームをかなり進めてからになるパターンが多い。
安易に好きになりそうなのは、黒檀と黒鉄を足して2で割ったタイプ。性格はよく分からないが触りだけなら月白もかなり好きだ。瑠璃は見た目は最も好ましいが、生憎と性格が合わない気がする。そもそも彼女等は都守なのでガチャから出て来る可能性が大分低い。
社にいなければ交流も何も無いので、引けるところを考えると黒系の神使から新規開拓する事になりそうだ。次点で青神使。他色は自力で引き当てられていないので期待はできない。
ここまで考えて分かったが、恐らく烏羽にプレイヤーへの優しさを足した神使が現れたらそれがベストだろう。そんな性格の神使が黒にいるとは思えないので幻想でしかないけれど。
――烏羽……烏羽一神教でよかったのに……流石にプレイヤーの上位互換キャラ出されたら……。
正直、厳しい。
姑のように初代は初代は、などと言われればシンプルに傷付くしプレイヤー側にどうしようも出来ないのが致命的過ぎる。同じ問題を都守全員が抱えていると思うと胃が痛くなってきた。
――いや、とにかく第二の推しを作る! 初代さんとやらはこの後も絶対に出てくるだろうし、何なら都守との絡みも多いはず。それまでに精神安定剤を手に入れないと。
少しばかり憂鬱な気分になってきたが、これはアルバイト。憂鬱だからストーリーやりませんでは済まないのだ。
「――あ」
あてもなく社内を彷徨っていたが、不意にこの陰気な社で目立つキンキン頭を発見。見失わない内に花実はその背へと声を掛けた。
「藤黄!」
「……はい。あ、主様。どうかされましたか?」
とかく、黒以外の神使は基本的に聞き分けが良いようだ。呼べば何をしていても必ずそれを切り上げて付き合ってくれる。優しさが身に染みるかのようだ。
「ああ、主様……僕も貴方を捜していたんです」
「あ、そうだったんだ? 何か用事?」
ほっとした顔の藤黄。ずっと捜していた様子だったので、話題を譲る事にした。
「主様、配布の端末を貸していただけますか」
「良いけど。何に使うの? あ、急にログアウトしたくなるかもしれないから、あんまり長時間は……」
「いえ……すぐに済みます」
「そう? なら、はいどうぞ」
ダサい色のパーカーから取り出した端末を渡す。
藤黄はそれを慣れた手付きで扱い始めた。現代人顔負けのフリック速度である。
「……あれ。そういえばさ、藤黄は端末の画面見られるの? 烏羽は黒くなってて見えないって言ってたような」
「僕はエンジニア枠で入ってますので……。他の神使には画面が見えないようになっています」
「黄だけ特別ってこと?」
「はい」
成程、それは事実のようだ。
黄色神使だけ非常に特殊だが、考えてみれば黒系も割と特殊な立ち位置である。色ごとに特殊性が異なっているだけなのかもしれない。
ともあれ、藤黄は言葉通りすぐに端末を花実へと返した。
「次は赤都のようですね。……ちゃんと行き先が変わっているか確認したかったので」
「え、私より先に次が赤都って知ってたの?」
「……まあ、はい。もし行き先が表示されていなかったら、僕が手動で変更するつもりでした……」
「そういう事も出来るんだ? えー、謎が多いなあ黄色。いやでも、今はそれどころじゃなかった。烏羽が赤都に行きたいって駄々を捏ねてるからぼちぼち出発する予定なんだよね。それを伝えたかっただけ」
「主様がわざわざですか? はい……、了解しました」
あまり乗り気では無さそうだが、行きたくないと言う事もなかった。藤黄なら僕は置いていけ、くらい宣いそうだっただけに拍子抜けである。
「紫黒と薄墨を見なかった?」
「お二人なら居間にいましたよ」
「分かった、ありがとう」
「主様、ここから居間へ行けますか? ……いつも社で迷子になってますよね」
「え、こっちだよね」
「逆ですね」
結局、藤黄に案内してもらった。社は日本家屋を滅茶苦茶広くしたような造りなのだが、構造が覚え辛すぎる。こちとら、一人暮らしでワンルームのアパートに間借りしているのだ。廊下など存在しないのである。
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