04.社での日常(4)

 烏羽について思いを馳せていた花実は、そのおかげで不意に別件を思い出した。それとなく周囲にご本人がウロウロしていないかを確認する。


「ねね、薄群青。赤都とは全然関係ないけどさ、聞きたい事があって」


 ヒソヒソと話し掛ける。彼は陰の者だが、存外ノリは良い。何スか、とあっさり内緒話をする距離に入ってきた。


「あのさ、前に村で黒檀が言ってた初代の召喚士? ってどうなったんだっけ。あれから音沙汰無くて気になってるんだけど」

「……あー……」

「黒系の神使には聞きたくなかったんだよね。あれ以降話が進んでないし、誰かに聞いた方がフラグが立つかと思って」


 薄群青は滅茶苦茶に渋い顔をしている。

 しかしそこはサポート専門。先程、花実がしたように周囲の様子を伺い、プレイヤーの要望を叶える姿勢を取った。


「主サン、変な所で勘が良いッスよね。ホント、烏羽サンとかに聞く前にこっちに聞いてくれて有難いッスわ」


 嘘じゃない。その事実に背筋が凍る。先に烏羽に話を振っていたら、問答無用でゲームオーバーにされていたのかもしれない。


「初代なんスけど……何と言うか、性能は主サンより大分良かったッス。あれって主神が直々に連れて来た召喚士なんで当然なんスけど」

「私達はゲーム会社が選んだテスターだからね。そういうメタ設定はどうかと思うけど」

「あいや、それについてはノーコメントで。話が進まないし。初代サンは召喚する神使を選べたんスわ」


 ――成程。察してはいたが、やはり初代召喚士はプレイヤーの誰かではなく、ストーリー上に存在するキャラクターらしい。

 それを一人で納得し、うんうん、と頷く。


「初代は主神の指示に従い、まず薄色シリーズを数人召喚した後、都守を手元に揃えました。当然と言えば当然ッスね。事実、そうした方が事は早く済むでしょうし」

「初代がいた頃は主神もいて、ぼちぼち口を挟んでいたって事?」

「うッス。というか、もう直接主神が初代に指示してたんで普通にいましたね。主神は――随分と初代サンの事を気に入っていたようでしたよ」

「ふむふむ。ハイスペック初代で、しかも主神お気に入りと……。私達に至っては顔すら見てないからね。落差が凄いね」

「俺は主サン……えーっと黒桐サンでしたっけ? の方が好きですよ。ここ、人数も少なくて主サンと定期的に交流もできますし」

「そうなんだ、嬉しいなあ」


 ――やったー、事実だ!

 嬉しい真実にニコニコしていると、薄群青は困惑した表情を浮かべてしまった。そりゃそうだろう。


「えーっと、それで、初代サンなんですが――」


「おや、二人で何をコソコソとお話しているのですか? ええ、この烏羽も混ぜてくださいまし。寂しいでしょう?」


 思わず小さな悲鳴を上げてしまう。

 背後から声を掛けられたと思えば、既に目と鼻の先に烏羽の顔面があった。身を屈め、まるで内緒話の輪に加わろうとしているようだ。しかし、これでは事案である。現実なら通報待ったなし。

 粘ついた猫なで声でそう言った烏羽だったが、最初からこちらの意見など聞く気が無いのだろう。しかもかなり最初から話を聞いていたと見える。


「初代の召喚士ですか。ええ、ええ、よくよく覚えておりますとも」

「凄い、ちゃんと注意して話をしてたのにバレバレ過ぎる」


 ニヤニヤと嗤う烏羽の腕に、鳥としてのカラスが止まっている。黒々とした目と羽は見る者を不安な気持ちにさせるのに十分だ。


「召喚士殿はお忘れやもしれませぬが、これは私の目であり耳であり、そして足でもあります。内緒のお話は社内ではもう出来ないかと……。ええ、ええ、能力を開放していただいてありがとうございます」

「そういえば特殊能力解放してたんだった。え? 結局どういう力なの?」

「前回も見せたではありませんか……。察しが悪すぎますよ。今説明したままです。ええ」


 見兼ねた薄群青が颯爽と補足説明してくれる。やはり持つべきものは薄色。


「主サン。あのカラスは烏羽サンの分体みたいなものなので、視覚に聴覚あらゆるものを本体の烏羽サンと共有しています。ついでに分体がある所になら、烏羽サンは瞬間的に移動する事も可能ッス」

「超便利じゃん」

「……ただ烏羽サンのこの力、自分自身にしか作用しないんスよ。だから移動できるのも、烏羽サンだけッス。人を護るのにはあまり向かない――」


 何を仰る、と烏羽が少しだけ不機嫌そうにその言葉を遮る。


「確かに移動できるのは私のみです。が、裏を返せばいつでもすぐに召喚士殿の元へ舞い戻る事は可能だという訳です。ええ」

「……ま、アンタに戻って来る気があればそうッスね」

「おや、棘がありますね」

「どうしてそういう風に言われるのか、自分で分かってるでしょ……」

「ええ。まあ、はい」


 ――覗き見盗み聞きに特化してるなあ。

 これをどうやって戦闘に活かすのか、残念ながら花実の想像力ではイメージが出来なかった。

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