03.社での日常(3)

 去り行く烏羽の背を見送り、花実はぐったりと溜息を吐いた。

 何だか形容できない恐怖の片鱗を見た気がしたが、同時に馬鹿馬鹿しくもある事情でもあって整理するのが難しい。


 現実にいる時の癖で、ついついスマートフォンもといゲーム内端末を取り出して画面を確認してしまう。特に用がある訳でもないのに画面を確認してしまうのは、もういっそ何らかの病気なのかもしれない。

 画面に日付も時刻も表示されていないのを見て初めて我に返る。

 ――あ、そうだった。こっちの端末、そういう情報がホーム画面に無いんだった。

 形状が現実のスマホとあまりにも似過ぎているのだから仕方ない。時間の確認は出来なかったが、代わりに気付いた事がある。


「行き先が……赤都になってる」


 ずっと不明のバナー表示だったにも関わらず、少しぶらぶらしている間に行き先が変わっている。烏羽とのイベントをこなしたからフラグが立って行き先が決定されたのだろうか?

 ソーシャルゲームそのものはよくプレイするけれど、ゲームがどのような仕組みで起動しているかなどは知らない。ただとにかく行き先の変更の裏で何が動いているのかモヤモヤするばかりだ。


 そもそも、赤に関しては神使も都も情報が無さすぎる。やはり黒適応だと暖色に縁が無いのか赤と白は弊社に一人もいないからだ。

 ――いやでも、都とか言われているくらいだし……烏羽以外の神使を捜して、触りくらい教えてもらおうかな。

 烏羽は駄目だ。奴は嘘ばかり吐くので、真面目に情報が欲しい時は出来るだけ話を聞きたくない。


 廊下をゆったりと歩きながら思考を巡らせる。

 そもそも赤と黒の神使はグルなのだろうか? 烏羽は前回、猩々緋の行動に疑問を覚えていた。召喚された黒神使は赤との繋がりを知らない? 他の事は訳知りだったのに、どうしてそこだけ。

 そもそも今まで出会ったストーリー上の赤神使は普通に友好的だった。青都での猩々緋だけが敵対的だった事を鑑みるに、もしかして彼が個人的に裏切りを? 否、紅緋の指示に従うと言った部分は嘘ではなかった。

 そしてその紅緋は赤都守――であれば、やはり個人的な事情とは考え辛いだろう。一瞬、猩々緋の対神が黒神使という可能性を考えたが紅緋に従っているという一言で関係ないと丸わかりだ。


 ――いや、待ってよ……赤都って事は最悪、また敵陣に飛び込むシナリオになるかもしれないの?

 相馬村の時には事前に敵陣だと分かっていたが、今回はいまいちどういうつもりなのかが不明だ。身構えはするが、見つけ次第殴り掛かる戦法は使えない。後手に回ってしまうのは明白だ。

 赤都の内部をチラっと見て、駄目そうならまず烏羽の強化待ちをするべきか。いつでも離脱できるようにしておこう。


「主サン? ぼーっとしてたら危ないッスよ」

「あ。薄群青、丁度いい所に」

「あれ、俺の事を捜してました? 大声で呼んでくれれば走って行ったのに」


 気前のいい薄群青は廊下を横切って行こうとしていたので、他の用事があったのかもしれない。が、既にプレイヤーの話を聞く気満々だ。こういう気遣いが黒の面々にはない甲斐甲斐しさを醸し出している。


「何だかね、次の行き先が赤都らしいから。どういう所なのか聞いておきたくて」

「赤都……?」


 怪訝そうで且つやや嫌そうな顔をされた。


「青都で猩々緋サンに襲われたんスよね? ええー、行きたくないッスわ。何されるか分からないし」

「私もそう思うんだけどさ、行き先はこっちで変えられないから挑むしかないじゃん?」

「何スかその謎に男気溢れた発言は。えー、赤都ね、赤都……」

「ざっくりどんな所か聞きたいかな」


 考えた末、薄群青はペラペラと赤都について簡単な説明をし始める。流石の薄色シリーズ。手際とサポート性能が高い。


「赤都は住んでいる人間曰く、食べ物が美味いらしいッスね。都守の紅緋さんは主サンに分かるように言うとグルメって奴らしいので。まあ、俺等は食物の摂取で栄養を取る訳じゃないので、別に食べなくていいんスけど」

「ほう、グルメ……」

「酒も美味いらしいッスけど、これは青都から水を仕入れてるとか。よくやりますよね。紅緋サンがお祭り大好きなんで、年に何回かは盛り上がってるのを見ますね。何をやってんのかはさっぱり分かりませんけど」

「もしかして都守神使、滅茶苦茶お祭り男だったりするの?」

「暑苦しい感じの性格ッスわ。俺はゴメンかな……」

「大丈夫。うちの社は陰気過ぎるから多分みんなそう」


 陽キャパリピの巣窟、それが赤都というイメージになってしまった。恐らくだが間違っていないと思われる。

 ああそれと、とここで薄群青は声のトーンを一つ落とした。


「紅緋サンは大雑把な神使なんスけど、主神に進んで逆らうような事はしませんね。主サン、適応色が黒なんで神使は常に主神の命令を無視する……みたいな先入観がありそうだから、補足しておきますけど」

「そもそも件の主神が出て来ないから、烏羽達が命令違反しているかどうかも分からんわ」

「……それもそッスね。でも紅緋サンの凄い所は命令違反を進んでしないけれど、意見して反発する事も稀にある部分ッス」

「上司に意見しちゃうタイプってワケね?」

「うッス。……思考停止で主神の命を遂行しないって事は、主神の言葉に間違いがあるかもしれないって最初からそう思ってかかってる事にもなります。そこが月白サンと紅緋サンの違いかもしれません」

「月白の良い噂、うちで全然聞かないんだけど大丈夫?」

「じゃあフォローしときますわ。月白サンは一から十まで主神の指示通りにオーダーをこなしますよ。それはつまり、どんな無理難題も言われた通りに解決できる能力があるって事ッス。あの人、フィジカルモンスターなんで」

「ああー。シンプルに能力値が高いタイプか」


 ――前から何で私、黒適応なんだろうと思ってたけど。

 今この瞬間に理解した。

 陰気な性格なので、元々のポテンシャルが高い者を見ると斜に見てしまう悪癖。烏羽が月白をどう思っているのか、何故か唐突に理解できてしまった。

 きっとこの事実を知った花実自身と、烏羽の感情は同一だ。


 ――鼻につくタイプって事じゃん。

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