02.社での日常(2)

 チャットアプリを終了した花実はもう一度盛大な溜息を吐く。

 ――何だか最近、ちょっと恐い事ばかり起きるなあ。

 先程の青水然り、青都の猩々緋が急にプレイヤー名を呼ぶ惨事然りだ。はっきりと恐怖を覚える訳ではないのだが、薄気味の悪さが拭えない。


 気分転換に社内を散策し、神使達に絡んでこよう。

 そう決めた花実は自室の戸を開け放ち、そして思わず叫んだ。


「ぎゃっ!?」

「人の顔を見て叫ぶとは、失礼ではありませんか? ええ、何と酷い方なのでしょう。召喚士殿」


 戸のすぐ横、そこに大男が黙って佇んでいれば悲鳴の一つくらい上げたって仕方がないだろう。

 恐らくは確信犯の烏羽は悪戯が成功した子供にしては邪気に満ちた笑みを浮かべている。どういう神経なのか小一時間問いたくなった。


「ビックリするから、そんなところにずっと立ってるのは止めてよ。心臓が止まるかと思ったでしょ」

「その時はこの烏羽が責任を持って、治癒術を掛けて差し上げますので。ええ、約束です」


 嘘は吐いていないが、ここで大嘘なぞ吐かれようものなら恐ろしすぎる。尤も、彼は瀕死の重症者が目の前にいてもそのままスルーしてしまうタイプだろうけれど。


「そこで何をしているの? 私、烏羽の事を呼んだっけ」

「いいえ。たまには召喚士殿と語らうのも悪くはないかと思いまして」


 ――たまに、の部分は嘘じゃん……。興味のない会話はしたくないのか、私と会話なんて普段はしたくないのか。

 複雑な心境を無理矢理押し込む。奴とそのような問答をしても、こちらが無駄に傷付くだけだからだ。


「私、社を散歩しようと思ってたから歩きながらなら良いよ」

「ここで運動などしてどうなると言うのですか?」

「メタ発言が多いんだよね……」


 烏羽の言い分は無視して歩を勧めれば、話がしたいらしい烏羽が隣に並ぶ。社は基本的に広いので廊下に人間が二人並んで歩いてもそれなりの余裕がある。


「それで何? いつも無理矢理付き纏ってくるのに、ちょっと殊勝な態度なのが恐すぎる」

「ええ、はい。単刀直入にお聞きしますが……貴方、私の吐いている嘘が分かるのですか?」

「……えっ?」


 図星を突かれた花実は焦った吐息のような声を漏らし、そして最も悪手であろう沈黙を返した。全く唐突だった為に、上手い切り返しが思いつかなかったのだ。それに、烏羽のそれは問いというニュアンスを越え、確信した事への確認事項である。それもまた、焦りを煽る。

 我に返った時にはたっぷり数秒が経過していた。慌てて否定のポーズを取る。


「そっ、そんな事ないし! 分かる訳ないじゃん、そんなの!」

「……召喚士殿。貴方、あまりにも嘘が下手過ぎませんか? それは最早、ええ、肯定と同じかと」


 一部の嘘もなくはっきりと呆れられている。ニヤニヤ顔は鳴りを潜め、理解できない生物を見つめる目の烏羽を見て、更に焦りが増幅。もう何を返事したらいいかもわからず、花実は黙り込んだ。

 ――私の視点だと嘘はバレバレ。滑稽なピエロ以外の何物でもないと思ったら、とてもじゃないけれど自分も嘘を吐くなんて事は出来ないよ……。


 俯いていると、するりと伸びて来た大きな手が柔らかく頬を掴む。そのまま、酷く愉し気な烏羽と強制的に目を合わせられた。成程これは、カラスに狙われるミミズか何かの心境だ。


「おや、だんまりですか? ええ、それでもよろしいですよ。貴方に答えを頂けないのであれば、自分で答え合わせをしますので。ええ、ええ、なかなか飽きさせませんねぇ。ふふふ……」


 ――答え合わせの手段は何!?

 烏羽は賢い。何か宛てがあるのだろうが、皆目見当もつかない。


 それ以前にAIであるはずの彼が、一個人の才能を組み込んだ会話が出来るのは何故だ? 一番放っておけない疑問を解決する術がない。

 彼のセリフだけを見ると、まるで今までのプレイヤーの言動から推測してその結論に至ったかのようだ。AIにそんな技術があるのか? そもそも、このAIというのも謎過ぎる。便宜上そう呼んではいるが、本来AIというのはこういうものではないのでは?


 瞬間的に、或いは現実逃避として思考を散らしていると烏羽の冷たい手が離れて行った。

 ご機嫌そうに唇の端を釣り上げている。


「では、召喚士殿。精々、その守れそうにない事実をこの烏羽からお守りください。ええ、ええ、たまにはこういった趣向も悪くはありません。この烏羽の華麗な推理を愉しみにお待ちくださいまし……」


 くつくつと不気味な笑い声を残した烏羽が意気揚々と去って行くのを、ただただ見送る。奴は弊社で最も面倒臭い存在だ。それを今まさに遺憾なく発揮している。

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