6話:紅緋のお願い

01.社での日常(1)

 ――最近、考えなければならない事が多い。

 スマートフォンを片手に、花実はぐったりと溜息を吐いた。


 春というのは忙しい季節だ。特に学生の内は卒業から入学まで、およそ1ヵ月しかなく激動の毎日である。

 であるにも関わらずアルバイトに応募し、且つ休みを利用して働いていると言うのはあまりにも世の中を舐め過ぎていたのかもしれない。


 大学へ提出する書類を数え、不備が無いかも確認をする。

 それらをクリアファイルに収納し、次の悩みの種へと思考を移動させた。


 未だに親友・ゆかりは入院したまま。やはり原因は分からず、病室で昏々と眠っているそうだ。もうすぐ大学へ通う事へなる訳なのだが、それまでには意識を取り戻してほしい。

 近日中に病院へお見舞いへ行き、ゆかり母にも挨拶して、そして実家にも一度顔を出したい――


 などと、やる事は盛りだくさんなのに。

 気付けば花実はアルバイト道具であるゲームのハードを手に、ベッドへ横になっていた。

 ――そうだ、今日はまだゲームにログインしていない。ログインしないと。

 最近、どうにも頭がボンヤリとしている気がする。


 ***


 気付けば、ゲーム内に存在する自室にいた。

 現実のそれよりも立派な自室は理路整然と整っており、あまりにも生活感がない。


 ――ゲームを止められない……。

 薄々おかしいとは思っているのだ。けれど原因が分からないし、何なら自身の怠惰さが原因である可能性が高いので気の持ちようだとも思う。


「……折角ログインしたし、チャットくらい顔を出そうかな」


 テレビの電源を入れたり、消したり。そういった無駄な行為はあまり好きではない。ゲームも同じで、ログインしたのであれば多少なりとも実りが欲しいものだ。神使達に挨拶だけしてログアウトしても良い。


 チャット内部では今日も今日とて、白星と青水がやり取りをしている。珍しく暇であるはずの黄月はいないらしい。

 白星は常にチャットに滞在しているが、青水は最近チャットに入り浸るようになった。見立てでは、恐らく実装済みのストーリーを全て終えたものと思われる。


『黒桐12:こんにちは』

『青水2:あら、黒桐ちゃん!』

『白星1:こんにちは』


 すぐに反応が返ってくる。チャットのメンバーこそ、そう多くは無いが穏やかで良い空気だ。この人達がメンバーでよかったと、つくづくそう思う。

 恒例の報告会をしようと思ったが、青水がふと疑問をチャットで飛ばしてくる。


『青水2:最近、赤鳥、赤日の2人を見ないのだけれど黒桐ちゃん何か知らない?』

『黒桐12:何も聞いてないですね』

『白星1:辞めると言っていただろう? もう辞めてしまったんじゃないのか?』


 白星の発言に対し、青水が沈黙してしまう。ギスギスした空気ではないが、白星の意見を肯定するような空気でも無さそうで心配だ。


『白星1:そういえば、チャートの話をしようとしていたんじゃないのか?』

『黒桐12:そうでした。前回は烏羽が急にきて、途中で終わってましたもんね』

『白星1:上手くやれているようなら何よりだ』


 ――この人、烏羽のドン引きエピソードとか知ってるのかな?

 疑問に思ったが聞かないでおいた。月白がいるので、他神使への言及ボイスなどがあるのかもしれない。現にうちの烏羽も月白の話はよくする。

 シナリオをパーっと書き出すと、反応を示したのはやはり青水だった。


『青水2:何だかアタシのシナリオと全然違うけれど……。そもそも青都に烏羽は来なかったワ』


 困惑が文面から伝わってくるかのようだ。白星に至っては考えこんでいるのか無言だ。続けて青水が文字を打ち込む。


『青水2:ここまで既存のレールから外れてくると、アタシから教えられる事は何もないわね。というか、アタシのシナリオが合っているのかも証明できないし……。ねえ、黒桐ちゃん。青都を救えるシナリオだったアタシと、アナタの通ったシナリオ、どちらが正しいのかしら?』

『黒桐12:私もそこまで違いがあるとは……。マルチエンディング形式とかなんですかね?』

『青水2:ソシャゲで? IFとかで全滅エンドだとかを追加したらいいと思うのだけれど。だって、ソーシャルゲームというのは売れている内は引き延ばしてストーリーが完結しないように調整するものでしょ?』


 青水の言う事は正しい。文字数の水増しが出来るIF系統のストーリーは優秀だ。それだけでお茶を濁せる。

 それにプレイヤー毎に違うエンディングに辿り着ける形式にしてしまうと、いざ二部でも開始するかとなった時に回収が難しくなる。リリース前のゲームでそれは確かに考え辛いかもしれない。


『青水2:ねえ、黒桐ちゃん。……アタシ達の言う事は、あまり鵜呑みにしないで。恐くなったらゲームを辞めるの。良いわね?』

『黒桐12:ええ? はあ、分かりました』


 ――何? なに、どういう事?

 背筋に嫌な汗が伝う。ホラーじみた展開に形のない恐怖が襲い掛かってくるかのようだ。青水も何を伝えたいのかさっぱり分からないし。


 恐くなった花実は、適当な理由を付けてチャットを切り上げた。止めて欲しい。こちとら、一人暮らしなのだ。そういったホラー展開はお呼びではない。

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