42.些細な違和感(2)
***
そんな事があった翌日。
花実はいつも通り暇な時間はゲームに打ち込む為、ログインして自室で端末を弄っていた。昨日は時間が無かったので、チャットルームの仲間にストーリーの話をしていない。
最近は行方不明者だの、退職者だのと騒がしいがそうであるからこそ本来のルームの目的を忘れたくはない。ギスギスするのは嫌だし。
ルームには赤鳥と赤日の2人以外がいるようだった。最近、彼等はいつもチャットにいるが本来のバイトはいいのだろうか。白星は社員らしいので除外するとしても、青水や黄月はただのアルバイトだったはずだ。
首を傾げつつも、花実はいつもの調子でチャットに文字を打ち込んだ。
『黒桐12:お久しぶりです。青都編をクリアしたので、書き込みに来ました。凄く長かったんですけど、ログアウトも挟まずに続けたおかげで何とかって感じです』
暇をしているのだろう。黄月からすぐに返信が来る。
『黄月12:いいよな、ストーリーやっていいバイトは。俺は社からも出られないし、無限に増える神使と喋ってるだけなんだけど。なに? 俺、AIに言葉を覚えさせる担当にでもされてんの?』
思わず苦笑してしまう。彼の嘆きは尤もだ。さぞかし暇だろうが、それでもこのゲームはAIがしっかりしているおかげか、話題もループしないし虚無のような時間ではないのは助かる。
続いて、1、2サーバの古参達が話に加わって来た。彼等も彼等で随分と暇を持て余しているらしい。
『白星1:まあ、そう言わず。喋ってるだけで給料が貰えると前向きに考えるのはどうだろうか』
『青水2:ゲームがしたくて、バイトに応募したんじゃないの? 黄月ちゃんは。それよりも、青都はどうだった? 青藍宮の作り込み、良かったわよね。あそこに住みたいくらいだわ』
青水が話を軌道に戻したタイミングで、ルーム内のメンバーに情報を共有する。が、ここで思わぬ邪魔が入り花実は端末から顔を上げた。
「召喚士様、召喚士殿。いつまで部屋に籠っておられるのですか? ええ、この烏羽が来ましたよ」
「急にどうしたのさ……」
烏羽は気分屋が極まっており、常日頃からその行動パターンを特定するのが難しい。こうやって気紛れに自分からくる事もあれば、捜して呼んでいるのに無視される事もしばしばある。
5人しかいない都守というキャラクターであるが故に、行動パターンを多めに設定しているのだろうか。謎である。
一度、端末を机の上に放置し戸を開けた。
「何か用事?」
「ええ、用事など特にありませぬ。ただ部屋に籠っておられる召喚士殿を心配しただけですとも」
用事が無いのは本当だが、心配の部分は嘘である。尤も、この程度であれば社交辞令とも取れるので流石に気にしたりはしないけれど。思考に現を抜かしていると、烏羽が更に言葉を重ねる。
「またその小さな箱を弄っておられたのですか? ええ、実は私、この間負傷したでしょう?」
「そうだったね。え、自分で治してたけどその話にまだ続きがあるの?」
「ええ、ええ。自分自身に斬りつけられたせいか、治りが遅く……。こうやって召喚士様に泣き言を言いに来たのです。はい」
――うーん、嘘! すごく反応に困るタイプの大嘘だ!
これは返しが難しい。嘘を吐くなと茶化せないし、真実とは得てして無力な時がある。奴の口八丁に勝てなかった時、残るのは怪我に厳しいブラック社のプレイヤーという不名誉極まりない肩書だ。そして烏羽は口から先に生まれてきたような、まさに口八丁の申し子。勝てる要素があまりにも少ない。
色々と考えた結果、花実はその可愛らしい嘘に乗ってやる事にした。別に誰も傷つかないので、適当に労わるフリでもしてあげれば良いと考えたからだ。
「そ、そ……っかぁ。大丈夫? ストーリーはまだ進めないから、休んでていいよ」
「……召喚士殿。嘘を吐くのがヘタクソだと言われた事はありませんか? ええ、この烏羽も吃驚です」
今度こそまごうことなき本心だった。逆に頭の具合を心配されているようで、乾いた笑い声が漏れる。
そう、嘘を見破る事は出来るけれど嘘を吐くのは苦手だ。バレバレなのに嘘を吐く、そう思うとどうしても挙動不審に陥る。花実自身の視点では嘘吐きが嘘吐きである事など見え透いているからだ。
バレないから嘘を吐く、という大義名分が他ならぬ自分自身のせいで成立しない。それが大きな理由だろう。
そんなプレイヤーの様子を見て、烏羽はむしろ困惑している。表情に嘘は無い。この傲慢な都守に驚きの表情をさせる事の、謎の罪悪感たるや。筆舌に尽くしがたい。
「――ハァ、貴方様を見ていると私の振る舞いが馬鹿のようではありませんか。ええ、適当に散歩でもします。ご用命あらばお呼びください」
「あれ、足は治ったの?」
「面白いご冗談を仰る。最初から怪我など治っておりましたよ。ええ、分かっていたのにお付き合いいただいて……大変恐縮です。貴方様のお考えが、私には一等分かりかねますな」
肩を竦めた烏羽は、こちらを一瞥するとそそくさと廊下を歩き去って行った。怒りやマイナス感情は見られなかったが、少し引っ掛かる行動だ。
烏羽が出て行ったので、端末に視線を戻す。青水から怒涛の返信が来ていたので、上から順に目を通した。
『青水2:そうなの? アタシは青都を救えたわ。でも、ここで運営ストップが掛かっちゃって今は暇してるのよネ。その件に関して、今度運営と打ち合わせだわ。わざわざ地元にまで来てくれるみたいだから、マメよね』
――前々から思ってはいたけれど、ストーリーの内容違い過ぎない?
これではまるで人生だ。けれど、ゲームでそれが起こるのは考え辛い。あらかじめ仕込まれているイベントしか発生しないはずだからだ。
「何だろう……。これ、本当にゲームなのかな……」
呟きに応えてくれる者はいない。
最近、強く感じている違和感の正体を確かめたいような。そうでもないような。真夏に観るホラー番組のような薄ら寒さがずっと消えないまま残り続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます