41.些細な違和感(1)
***
――あ、あー! 恐かった!!
転がるようにして社へ戻って来た花実は、心中でそう叫んだ。
早鐘を打つ心臓を深呼吸し、胸に手を当てて落ち着ける。リアルで眠っているであろう自分の鼓動もきっと早くなっているに違いない。
だって本当に恐かった。
殺しに来ている烏羽と対峙するのは、それが別個体だと分かっていても生命の危機を感じた程だ。これを初期にチュートリアルガチャで引いたと思うとなんのバグかと勘繰りたくなる。
加えて弊社の大黒柱である烏羽の負傷。
本人はけろっとしているが、現代人から見れば大怪我である。泣き喚きながら救急車を呼ぶレベルだ。
「――ふむ、召喚士殿。わざわざ助けに来た割には震えておられますが? ええ、そんなに恐ろしかったのならば先に戻ればよかったではありませんか」
口だけは達者な烏羽は、縁側に腰かけた状態で負傷した左足に治癒の術とやらを掛けている様子だった。滴る血液が瞬時に止まり、それだけではなく刃物で切り裂かれたような傷はみるみる内に塞がっていった。
呼吸を整えた花実は肩を竦めて首を横に振る。
「だって烏羽、消滅しちゃうかと思って。最初はすぐに私達と合流するかと思っていたのに、全然帰ってこないし。それに、敵の烏羽恐くない? 目がガチ過ぎるよ……」
「それは貴方様を殺しに来ているので当然でしょうね。どうです? 私は奴と全く同じ顔をしているのですが。はい」
「雰囲気全然違うし、平気。いやー、今思えば最初に出会った時から何か薄っすらと危険な男感あったよね。烏羽」
「ええ。それはそれは、光栄です。……ところで、前にも月白は二度と喚ぶなとお願いしませんでしたか?」
すっと花実は目を逸らした。やがて、一拍の間をおいて反論の言葉を口にするが倍の勢いで論破される事となる。
「いや……緊急事態だったし」
「緊急事態ではありましたが。ええ、ふれんどの神使とは門を通って現地へ着く前に選ぶはずではありませんでしたか? ええ、ええ、その時点で月白を選択していなければならなかったはずです。つまり、緊急事態とはいえあの場面で月白が出て来るという事は最初から私の言を守る気などなかったという事になりますねえ」
「……」
ぐうの音も出ない言葉に黙っていると、烏羽が恐い顔へと変わった。
あの、敵対していた烏羽の表情に似ているような――かなり本当に怒っているのだろうなというような表情。これらが虚構ではない事を嘘が分かる花実もよくよく理解している。
「――召喚士殿。ええ、確かにこの烏羽と月白は対神という関係性でございます。が、我々は不仲というか、殺意を抱くような間柄……。奴に助けられるくらいならば、消滅した方がマシというものです。はい。なので次は――」
「何言ってるの! そんな事を言っている場合じゃなかったんだよ、縛りプレイはしない方が良い難易度設定だし。相手に烏羽がいるかもしれないと思ったから、フレンドの月白は借りてきたの。結果的にうちのメンバーは無事だった訳だし、そんな事を言わないでよ」
「……はぁ。ま、事実月白がいなければ全滅していたでしょうね。ええ、貴方の采配は間違ってはいませんでした」
流石に今回は負傷までしているせいか、そう言った烏羽は渋い顔をしている。
花実と烏羽の間に変な沈黙が横たわる中、視界の端を青都から一緒に来た薄花が横切った。
何の気なしにそちらを見やり、そして彼女がかなり気落ちしている事に気付く。それもそうだろう、青都は瑠璃を失い、実質乗っ取られたのと同じ状態だ。それに、青都から回収できたのは薄花だけである――
「……あれ? 白群は? 私達、濡羽を倒したから正気に戻ってたと思うんだけどな」
「濡羽は貴方達で討伐したのですか? ええ、てっきり瑠璃に暗躍が気付かれて消されたのかと思いました」
「チーム戦でちゃんと勝利しましたー。それで、白群は?」
「ふむ。あちら側の烏羽に討ち取られました」
「えっ、そうなんだ……。薄群青に説明しておかないと……」
ふん、と烏羽が鼻を鳴らす。対神の関係性について馬鹿にしていると思ったが、どうやらそうではないようだ。
「薄群青殿はあまり気にしないと思いますよ。ええ、それよりも貴方様が白群を召喚すればいい。それで万事解決ですとも」
「うちは黒しか引けない呪いに掛かった社だからさ」
「実はそちらの方が安全かもしれませんよ。ええ。ふふ……」
いつもの心にもない大嘘かと思ったが、存外烏羽は本当に社に黒神使がいる方が安全と考えているようだった。
尤も彼の安全に対する定義と、花実のそれでは全く異なるはずなのであてには出来ないけれど。
「主様」
「あ、藤黄。どうかしたの?」
突如声をかけて来た藤黄が、花実を頭の天辺から足先までさっと視線を走らせた。まるで全身スキャナーにでも掛けられた気分だ。
ややあって、その藤黄が一つ頷く。
「いえ、お怪我はなかったかと思って。僕達神使と違って……その、人間は傷の回復が遅いので。お怪我があるようでしたら、誰かにお願いして治療した方が……良いかと思ったんですよね」
「前々から思っていたけれど、プレイヤーにも体力というかHPみたいな概念あるの? どこにも書かれていないのが不安過ぎる」
「……あー、まあ、僕達が管理するので大丈夫だと思いますよ。こう見えて、黄色や青はそこそこ人間に寄り添う思考が備わっているので……」
「そうなんだ。あ、青で思い出したけど薄群青は――」
どこに行ったのか聞こうとしたら、その彼自身の声がどこからともなく返ってくる。
「はい。主サン、俺を捜してたんスか?」
薄花と話をしていた件の神使が、その薄花を待たせたまま歩み寄ってくる。いや、大した用事では無いので薄花との重要そうな話題が終わってからでいい。
そう思ったものの、折角来てくれたので白群について説明し謝罪する。直接的に何かしたわけではないが、色々と手が回っておらず救えたはずの神使が消滅したのは事実だからだ。
しかし、白群は肩を竦めて首を横に振る。
「ああ、あんまり気にしないでいッスわ。青都の白群は社に連れて行けないし」
「それはそうだけれど、そもそも青都も救えていないんだよね、私」
「主サンが無事でよかったですよ。貴方さえ無事なら、またどうにかなるでしょ」
そうですね、とここで話を横で聞いていた藤黄が励ますように、薄群青の言葉に同意した。
そんな彼等を見ていて、疑問が濃くなる。
どちらもストーリー中は持ち場への愛着がもっとあったと思う。特に顕著なのが藤黄の変化だ。彼の仕事に対する熱意に惚れ込んでチケットを切ったが、ここにいる藤黄はとにかくプレイヤー優先だ。
何故? 社時とストーリー時で彼の中身を考えている人間が別だから?
それとも或いは――そもそも、藤黄もやはり別個体だとでも言うのだろうか。
それを本人に聞くのは何故か恐ろしくて、今日も花実は言葉を呑み込むのだった。
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