39.たまに降りかかる不運(1)
***
人っ子一人いない廊下のど真ん中にて。
烏羽は自分自身と向かい合うという稀有な現象を前にぐったりと溜息を吐いていた。
自分も、或いは相手も言葉を発す事は無い。目の前の烏羽は間違いなく自分自身でもあり、思考回路は同じだ。別個体ではあるが、性格そのものは大きく変わらない。
であれば、嘘しか吐かないのだから会話など無駄なのである。
こう思っているのは相手も同じで、故に烏羽が2体いるにも関わらず非常に静かな空間という不思議な状態に落ち着いた。
戦闘能力も同一であると仮定して、そうであると能力を封じられた烏羽よりも、相手が上手なのは自明の理だ。
こちらは徒手空拳だというのに、奴の手にはしっかり得物が握られており近接戦に持ち込まれれば対応するのが難しい。既に片足を負傷しており、逃げるにしても一瞬の時間が必要だ。
たかが一瞬、されど一瞬。使う術も能力も同じなのだから逃げ出そうとすればすぐに逃げ道を塞がれる事だろう。
そもそも何故こうなったのかに思いを馳せる。
***
時間は少し遡る。
召喚士を逃がした直後。烏羽は猩々緋、白群を相手取っていた。
――どいつもこいつも、無口でつまらん……。
既に戦闘に飽きつつあったものの、召喚士に大口を叩いた以上、途中で放り出す訳にもいかず作業のように白群へと水の帯を放つ。
廊下は狭く、細長いものだ。逃げ場を無くすような術で畳みかける他ないが、それでも手に馴染む太刀が無ければ思うように事が進まず苛立つ。
神使2体をからかって遊ぶにしても、猩々緋は見た目と正反対なクソ真面目さである上、白群は濡羽の操り人形だ。彼女が気の利いた言葉を喋らせなければ、一言も発する事はないだろう。
「さて、どちらから片付けましょうか。ええ、若干面倒になってきました」
白群は双刀を持っており、この狭い廊下で術も使用する。
一方で猩々緋は徒手空拳だ。攻撃的な術を使用し、危うく青藍宮に大火事を起こしそうな勢いである。これに関しては意味不明で、何故武器を持たないのか甚だ疑問――
――いや、待て。まさか持てないのか?
あまりにも興味が無さすぎて深くは考えなかったが、ふと閃きが下りてくる。彼の状況は烏羽と酷似しているようにさえ思えてきた。
途端、いつもの調子を取り戻してにやにやと唇を笑みの形に歪め、猩々緋へのちょっかいを出した。
「おや、猩々緋殿。都守を前に随分と余裕そうですねえ。ええ、ご自慢の得物をこの場で披露してくださって構わないのですよ? ああ、それともまさかお持ちではないとか」
「……アンタも持ってないだろ」
「それとこれとは別問題でございます。ふふ、さあ……あまりこの場で大暴れするつもりがないのか。或いは私と同じ事情を抱えていらっしゃるのか――ええ、実に興味があります」
「……はあ……」
面白くなってきた気配に烏羽は一層笑みを深める。が、横合いから白群が飛び出してきた。これを結界で弾き返す。持っていた術式を使ってしまった為、壁に衝突してよろけたそれに蹴りを入れて廊下へと転がした。
追撃しようとしたが、これは猩々緋が遠慮容赦なく撃ってきた火の玉のせいで失敗。この調子でなかなか決定打にならず、一向に敵の数が減らない。
しかし、そんな膠着状態は不意に終わりを告げた。
「――……あれ?」
不意に困惑した声を上げたのは白群だ。思わぬ展開に烏羽が眉根を寄せる。
「――うん? どうやら濡羽が討ち取られ、術が解けたようですね。ええ、これは意外な結末……。瑠璃に見つかるなどという不手際でも犯しましたか」
言いながらそうだろうなと思う。
あの残してきた面子で濡羽を討伐できる可能性は限りなく低いだろうし、召喚士という荷物も預けた。まともに正面から濡羽とやり合わず、トンズラしているだろう。
「これは……どういう状況……?」
混乱する白群に何かを説明するのも面倒臭い。どこまで記憶があるのか不明だが、彼の視点では烏羽も或いは猩々緋でさえも敵ではない可能性がある。
一方で二対一に持ち込まれれば面倒どころか即座にその生命が終了するであろう猩々緋は気難しそうな顔を更に歪めている。それが面白くて不躾に観察していれば、あろう事か彼は不意に自らの懐に手を突っ込んだ。
「紙片――」
それを知覚すると同時、紙片に墨で文字列が描かれているのを発見する。普段使いではない、見慣れない術式だが――
どうするのか観察したい気持ちと、止めるべきだと警鐘を鳴らす脳だったがしかし猩々緋が肩を竦めて不意に呟いた。
「黒桐12には悪かった、つっといてくれ」
投げやりな言葉と同時、術式が起動する。発生した光が網膜を焼く感覚で、ようやくそれが何の術式だったのかを思い出した。これは社にある召喚部屋にあるものとほぼ同じ術式だ。
離脱するつもりの猩々緋を追うべきか考えたが止める。もう色々と面倒だったし、青都から立ち退くのであれば、いなくなったのだから討伐したのと同じだ。
「――ええ、忘れなければ伝えておきますとも」
既にその場にはいない彼にそう返事する。
当然、そのつもりなどさらさらない大嘘ではあるのだけれど。
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