35.リベンジ(2)

「――ま、当然一人じゃないだろうさね」


 戸を蹴破って入って来たのはもう何度エンカウントしたか分からない、濡羽その人だった。くっきりと唇に引かれた赤い紅が警戒色のように目に焼き付く。

 室内に嫌な緊張感が満ちた。この部屋の出入り口は、今濡羽が立ち塞がっている戸のみ。逃げるにしても彼女をそこから退かさなければならない。つまり逃げるにしろ倒すにしろ、荒事は避けられないという事だ。


 花実は今いるメンバーを見やる。

 烏羽はいない。代わりに烏羽以外の神使はいる。数字だけを見れば4対1と非常に有利そうではあるが、エンジニア、薄色、薄色、サポーターという絶望的な内訳である。誰も決定打を与えられそうにない。


「だけど、もう腹を括るしかないよね。逃げ場は無いし、烏羽もすぐには来ないと思う。ここは私達だけでどうにかしよう!」

「任せて、主様。これだけ数がいれば、どうにでもなる……はず!」


 意気込む紫黒に対し、信じられないような目を向けるのはエンジニア枠でやって来た藤黄だ。正気か、と言わんばかりである。

 ただそこは黒が半数を占める弊社。あらゆる色を全て塗り替える黒という色の性なのだろう。


「行こうか、薄墨」


 紫黒が一番に動き始める。

 やはりここは魔法系サポーター。即座に室内に水の球が5個程出現する。バスケットボールくらいのそれは、四方八方から濡羽へと向かって行った。


「……紫黒。アンタとあたしでは位階が違う」


 ぽつりと真っ赤な唇からそう言葉が零れると同時、それぞれ別の軌道を描きながら襲来した水球は、濡羽へと到達する前に不可視の壁に弾かれる。透明なドーム状のそれにをバケツで引っ繰り返したような水が流れて行った。

 また、これらの術を防ぐのに片手すら不要であるらしい。

 既に見た目は火縄銃、性能は速射可能な銃であるそれのぽっかりと空いた銃口が花実へと向けられている。右手で引き金を、左手で銃身を支えており、もう後は指に力を籠めるだけだ――


 ふらりと小柄な影が躍る。

 視界の外から唐突に飛び出すような挙動で現れたのは薄墨だ。狙いを定めていた濡羽の手元がぶれる。

 撃ち出された弾は藤黄の足元に命中。床を撃ち抜いた彼女は苦々しい顔をし、次の銃弾を作成する為に花実から視線を外した。

 花実と濡羽の間に割って入った薄墨が、小さな手の平を体勢を立て直そうとしていた濡羽へと向ける。手の平を起点に細かく輝く散弾のように水の弾が吐き出された。当然、それらを防ぐべくまた不可視の結界らしきものを展開――


「それ、ちょっと鬱陶しいんで使用禁止ッス」


 薄群青の声。

 それと同時に形成された結界は瞬時に大気中へと溶け消える。これは恐らく、ストーリー開始前に開放した特殊能力だったはずだ。


 苦々し気な顔をした濡羽は転がるようにして廊下へ。壁の裏で薄墨の水の術をやり過ごした。それでも多少なり引っ掻いたりはしたのか、床に赤い数滴の染みが残っている。


「――薄群青。私が壁を破壊するから」

「りょ」


 紫黒がそんな言葉を漏らし、そのままの勢いで最早ビームと言って差し支えない勢いの水流を出現させる。いつだったか見た、水の刃物――ウォーターカッターのようだ。数秒で濡羽が潜んでいた壁が破壊される。


「これだから多対一は」


 破壊された壁の裏に潜んでいた濡羽が、弾の装填が完了したのであろう銃を再度花実へと向ける。


「た、対応、対応します!」

「えええ!? 藤黄!」


 プレイヤーもどうにかして、弾の一発くらい回避できないものか。

 そう考えて身構えていたが、藤黄が唐突に名乗りを上げた。先程は相手が守られるのを見ていた、ドーム状の結界がすぐさま形成される。

 恐らく結界の発動自体は間に合ったのだろう。

 ただし強度が足りなかった。あっさりドームに風穴を開けた銃弾は藤黄の右肩を撃ち抜く。が、結界により勢いが殺されていたのもまた事実。ほんの少しだけ血がしぶいたものの、藤黄は死にそうな声で安否について口にした。


「うう……僕は、戦闘員じゃないのに……大丈夫です、軽傷です。見た目程、深い傷ではないのでもう一度くらい盾になります……」


 そのカッコいい宣言を聞いていたのは、残念ながら花実だけだった。状況は目まぐるしく変化しており、誰も彼の事を気にかけていなかったのだ。


 不意打ちが不発に終わった濡羽が紫黒の足元に術式を設置。それを見ていた紫黒は慌ててその場から飛び退った。


「薄群青! よろしく、バフっておいたから」

「ええー……。いや俺、薄色なんスよ。紫黒サン。これで俺も魔法アタッカーか。水生木で相生はいいんスけど」


 バフの意味を正しく理解した紫黒の言葉通り、それはおよそ薄群青で連想させられる術の威力ではなかった。

 紫黒と薄墨が水撒きしたおかげで満ちていた水の気配を吸い上げるような感覚。刹那、耳を劈くような落雷にも似た音が建物内で響いた。


「ひえー……。もうヤバいよこれ、ちょっとした爆発事故だよ……」


 言いながら花実は目と耳が正常な状態に戻るまで、たっぷり十数秒を要してようやく立ち直った。


「主サン、大丈夫ですか?」

「ゲームのはずなのに、目がチカチカするし耳も変。えーっと、濡羽は?」


 主様、と紫黒が声を上げる。


「濡羽を討ち取ったわ! 皆で力を合わせれば、このくらい楽勝よね!」

「ええ? いやいや、全然楽勝じゃないんですよ……僕だけですか、こんな怪我をしたのは……」


 げんなりとした藤黄の声は誰も拾わない。都合の悪い意見はスルーしてしまう所が、最高に黒っぽい。

 ようやく目が慣れてきたので濡羽が最後に立っていた場所に目をやったが、そこには何も無かった。敵側だった紫黒のように、溶けて消えてしまったのだろう。


「みんなお疲れ様。ありがとう! 格好良かったよ」


 わっ、と場が湧いた。勝って当然の烏羽とはまた違うノリの面々である。

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